月の宝物庫

□おまじない
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おまじない1


葉月を見送り長月を迎えるこの時期。
今日はあかねの供で頼久も北山までやってきた。

北山の木々はまだ緑一色だが、たまに顔を撫でるひんやりとした風が秋の気配を感じさせる。
それ以上に夏の終わりを確実に感じさせる物がたくさんあたりに落ちていた。

「夏‥‥終っちゃいましたね。」

どうやらあかねと頼久は同じことを思っていたようだ。
頼久は少し微笑んで、はい‥と答えた。

彼らの目に映っているものは蝉の骸。あの‥‥我も我もとやかましかった蝉たちは、今や弱々しい鳴き声で辛うじて数匹が鳴いている程度である。

「あんなにいっぱい鳴いてたのに。なんか蝉の一生って儚いね。」

頼久は考えていた。
夏の間存分鳴いて‥‥そしてあっさりと骸となっていく。
7年も狭い地中にいるというのに、広い世界に出てからは2週間ともたない命。
だが‥‥神の様な長命な種族がいたとしたら‥‥人の一生なんてものは恐らく頼久の抱く蝉の一生の概念とそう変わらないのかもしれない。

だから思わず思うままを頼久はつい口にしてしまった。‥‥

「もし龍神のような長命な種族がいるならば、彼らからみたら‥‥我々の一生などもこの蝉などと同じなのかもしれません。」

そういって‥‥頼久はしまったと思った。
あかねはぶるっと身を震わせて悲しそうな顔をしたからである。

「も‥申し訳ございません。益体もないことを申しました。気分を害されたのではありませんか?」

京を守るために怨霊や鬼と生きるか死ぬかの戦いを繰り広げてきたあかね。
その戦いの最中、心を痛める場面にも度々遭遇した。
そんな彼女のおかげでようやく平和が訪れ‥‥。
その後龍神との約束で春の桜の咲く時期までのあいだ、この京に滞在できるようになった。

戦いで疲れ果てたあかねの心が、せめて少しでも晴れるよう心掛けねばならない‥‥と強く誓ったはずの頼久なのだが‥‥己の失言で再びあかねの心を曇らせてしまったと反省し詫びた。
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