Sound
□四音
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ビジネスホテルのロビー。誰もいない、がらんとした空間の中で、カウンターに寄りかかるようにして座り込む。無音の空間。ひとつ、ふたつと、自分の呼吸を数えていく。意味のない行為。今はただ、そうすることで少しでも自分の存在を確認していたかった。そうでもしないと、本当に自分が生きているのか、存在しているのか、“ここ”にいるのか。分からなく、なりそうだったから。
何も考えたくない。何もしたくない。
それなのに何故なのだろう。何故こんなにも現実と言うものは、考えなければいけない事や、やらなければいけない事で溢れているのか。逃げることもできず。避けることも許されず。それは人がいなくなった世界でも変わることはない。人がいない世界だからこそ、変わることがないのだろう。
これからどうしたら良いのか。どうすれば、良いのだろうか。
人を、他人を、人間を。自分ではない“誰か”を、探すしかないのだろう。
即答する自問自答。分かりきっている答えを自分の中で反芻し、咀嚼する。この世界が、全て嘘なら良かったのに。せめて夢なら、良かったのに。
目が覚めたら、“現実”だけど。それでもそこに他人がいるなら。
寂しい。苦しい。逢いたい。憎い。ぐるぐる回る感情。ぐらぐら揺れる自意識。どうしたら寂しくなくなる。どうしたら苦しくなくなる。どうしたら逢える。どうしたら憎しみが消える。
どうすることが最善“だった”?
思い出す過去も、相対する現実も、何もかも。分からない。分かることができない。誰か、誰か。誰でも良いから、教えてくれ。助けてくれ。俺を、見つけてくれよ。
「……っ誰か…!」
叫んで。
「誰か、いないのかよっ!」
喚いて。
「……誰も、いないのかよ…」
それでもどうにもならない事くらい分かっていたはずだ。どんなに大きな声で叫び、喚き、懇願した所で、意味はない。意味はないのだ。誰にも伝わらない。届かない。誰も、俺を見つけてくれない。見つけ、られない。
そう、思っていた。
「お兄さん情緒不安定なのかい?甘い物を摂取することをおすすめしちゃうよォ?」
誰もいないはずの空間に、声が響いた。
軽い調子で紡がれたその言葉は、誰も“いなかった”はずの世界で、初めて耳に入った、自分ではない“誰か”のもの。他人の、もの。
顔を上げれば、そこには十代半ばくらいの女の子がいた。確かに、確かに彼女はそこにいたのだ。そこに、いてくれたのだ。
「お兄さん、大丈夫かァ?顔色悪いぞ?」
こてん、と首をかしげて彼女は言う。俺はただ、それを見ていることしかできなかった。それだけで、十分だった。
ひとりじゃ、ない。
安堵と歓喜と祝福を。
(頬を伝う涙を)
(彼女はその手で拭ってくれた)