文 関ヶ原

□月光
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深い深い闇の中に白く輝く月が冷たい光を放ちながら浮かんでいた。
少し前に軍議は終わり、明日の過酷なものになる戦いに備え諸将はそれぞれの宿舎へ戻っていた。目の前の明日の戦場となる場所の見取り図を、じっと見つめながら、家康は1人本陣の自分の席に座っていた。
その表情は先ほどの軍議の際の輝くようなものではなく、眉根を寄せ哀しみを目にたたえているものであった。
「…みつ……なり…」
軽く開いていた口から言葉が漏れた。
それは凶王と言われる、自分が明日天下をかけて戦う敵であり、かつての戦友であり、そして…家康にとって大切な男の名前であった。
家康は組んだ拳に力を込め、目を閉じ思った。
何度も何度も何度も考えてきた、どうしたらいいのだ…、自分をしたってくれた者達の絆をこの手で断ち切ることなどできない、武力で築く天下には平和はない、だからこそ三成が崇拝してやまない男を……殺した…。

家康は苦悶の表情をみせ、さらに目を深くつぶった。
しかし…豊臣を裏切りあいつの絆を壊したのはわしだ…。個人の問題なら喜んでこの首を差し出そう、謝ろう……。
だが…今のわしには背負っているものがある、勝つと言って皆の前でそんな情は切り捨てたではないか…。

孫一が自分の事を女々しいと言った事を思い出す。本当にその通りだ…、わしは前夜になってもまだ迷っているのだ…。

考えすぎなのか頭痛が激しかった。家康は手を自分の額に当てる。その掌は熱かった。
ふと以前の戦場での事が頭をよぎる。
家康は眼を開け、空を仰いだ。
そこには白く輝く月が冷たく光っていた。それはまるで彼のようで、家康はまた彼の名前を呟いた。
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