愛しいDinner
□1st 吸血鬼のお食事
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「ッ……!!」
もう何度も経験した、その鋭く尖った牙が首筋にゆっくりと突き立てられる痛みに声を上げないよう強く歯を食いしばる。
しかしそれも次の瞬間にはほとんど意味を成さなくなってしまうのもまた毎回のことで。
柔らかい唇に生温かくぬめる舌、そして貪るように血を啜られるなんともいえない感触。
さっきまでの痛みを塗り替えるように身体中に広がっていく、快感。
こうなるとわたしにはもう鼻にかかったような甘い声を出すのを止められない。
「んッ…ううン……ふ、ンんっ…」
その上わたしが声を上げ始めるとうなじや鎖骨、耳、と余計なところまで悪戯な指先を滑らせてくるから。
一層、熱っぽい息を吐かされる。
「はっ、…はぁ、ん」
「ふふっ」
「ッ……ば、かっ」
満足気に笑みを漏らすタチの悪いこの吸血鬼を罵りながら、わたしはその艶やかで長い黒髪に指を差し入れた。
「ハァ、ハァ……」
乱れた息を整えるわたしを零里(れいり)はクスッと笑って覗き込んでくる。
「ご馳走サマ。おいしかったわ?」
「……もう、わたしは痛いんだから。もっと優しくしなさいよね」
痴態を晒した恥ずかしさをごまかすために彼女を押しのけようとすれば、逆にその手を掴んで引き寄せられて。
「こんなに優しい吸血鬼なんて他にいないのに」
そう言って傷跡を舌でなぞられた。
きっともうそれは蚊に刺されたくらいの痕しか残ってはいないだろう。
彼女にこうして舐められただけで、あれだけ深く牙に突き刺された傷もほとんど消えてしまう。
並外れた身体機能に人知を超えた不思議な力、そして永遠の若さを持つ吸血鬼。
その麗しい姿で人々を惹きつけ、夜ごと街へ出て生き血を啜る生き物。
もちろんわたしだってつい最近までは物語の中だけの空想上の話だと思っていた。
でも実際にわたしの目の前に現れた零里は血しか飲まないし、たまにだけど手品みたいなありえない力を使う。
彼女は本物の吸血鬼。
でも今はわたし以外の人間を襲う気はないらしくて、無理矢理わたしの家に居座っているただの居候なんだけど。
よく聞く伝説のように太陽の光を浴びると灰になるって訳でもないくせに、いっこうに出て行かない。
それどころかニンニクも十字架も、手に入れようがないけど銀の弾丸だって効かないっていうんだから追い出しようもなくて。
おかげでわたしは日々いろんな意味で襲われるはめになっているんだから、ほんと迷惑な吸血鬼だわ。
「未咲(みさき)、なに考えてるのよ?」
ぼうっとしていたわたしをいつの間にか零里が見つめていた。
「……目の前の吸血鬼を追い出す方法よ」
「ま、かわいくない。さっきまではあんなにかわいらしい声を上げていたっていうのに」
「だからっ!あれは痛いだけって、ちょっと……!!」
いきなり肩を押され、ボフッという音を立ててソファーに押し倒された。
「じゃあ、確かめさせてもらわないとね」
「やだ!なに考えて、んっ……」
抵抗しようと上げた声は楽しげに笑う零里の唇に呆気なく塞がれた。