二次創作文
□残蜻
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響くシャワーの音。
あがる蒸気の中に、彼はいた。
【バスルームにて心中】
「蜻たん〜」
名前を呼びながらドアを開ける。
そこに見知った姿はなく、ベッドの上に無造作に脱ぎ捨てられた衣服が広がっていた。
何処へ行ったのか、部屋を見渡していると何処からか水の跳ねる音が耳に入り音のする方へと足を進める。
どうやら彼は入浴中の様で、湯気で曇ったガラスの向こうに探していた姿が見えた。
‥どうしたものか。
終わる迄待つべきか、それとも──
手元へと視線を落とす。
彼の為に、と持ってきた薔薇の薫りが鼻腔をくすぐった。
特別何かある訳ではないのだが、たまたま外を歩いていたら目にとまった。他の花に負けない鮮やかな紅、視線を奪われるそれが愛しい人に似ている。そう思った。
買ったは良いものの、これを受け取った彼はどんな表情をしてくれるのだろうか。
思い返してみれば、今迄これといったものをプレゼントしたことなどなかった。家柄も裕福であったし、生まれ育った家には一般人には到底手の届かない様な高価な調度品達‥彼は本当に沢山のものに囲まれていた。
沢山の人に愛され、それはもう大切に大切に育てられてきた。
人もお金も地位も。かつての幼馴染みが、自分が、持っていないものを持っていて羨ましかった。
「何をしている」
「‥へ?」
ぼんやりと昔の思い出に思いを馳せていると、ふいにドアが開き声をかけられた。
一気に現実へと引き戻され、反応が遅れる。言葉が出ない。
目の前には一糸纏わぬ姿の彼。
いつもの仮面は外されており、どこか幼さが残る瞳は実際の年齢よりも若く見える。
自分しか知らない素顔。
引き込まれそうな瞳には自分の姿。きっと彼の瞳にも自分しか映っていない。
「薔薇、か?」
持っていた花束に気付いた彼が不思議そうな表情で問う。
「あ、‥うん。今日出かけたら気に入っちゃってさ、蜻たんにどうかなぁ〜と思って」
「ほう、悦いな‥しかし、」
曇った窓越しだと怪我でもしている様に見えるぞ
「怪我って‥まぁ僕達にも流れてるんだもんねぇ、こんな色の血が」
いつもの調子に戻し、半分笑いながら言えば。
腕を掴まれ、浴室の中と引っ張られた。
つい今迄使われていたそこは、今だ立ち込める湯気と熱気。それに混じりシャンプーやボディーソープの香りが広がっていた。
肌の上を伝う水滴。
僅かに上気した頬。
濡れた身体にまとわりつく艶やかな長髪。
服が濡れるのもお構い無しに、そのまま抱き寄せて唇を重ねた。
角度を変えながら、そのまま唇の隙間、その奥へ。
その内、苦しくなったのか胸元を押され唇が離れた。
唇の端から引く糸が互いを繋ぐ。
「花‥」
彼の為に、と持ってきた花束は浴室の床へと落ちてしまっていた。
「折角貰ったのにすまないな」
「ううん。…あ、じゃあさこうしようよ」
花束を拾い上げ、刺に気を付けながら薔薇の花を摘み取る。
その花弁を湯冷めするから、と浴槽へ浸かるよう促した彼の頭上へと降らせる。
「薔薇風呂〜、なんてね」
「悦いぞ、こんなのは初めてだ」
「お気に召した様で良かったよ」
大の大人が二人で入るには、少し窮屈な浴槽。
並んでくっつきながら湯船に浸かって。
直に感じる体温に幸せを感じた。
埋め尽くす様に、花弁が浮かぶ。
湯船にたゆたう黒の長髪に、
散りばめられた紅が酷く映えて。
それはもう美しかった。
end.
【後書き】
薔薇の花束をプレゼントする、というベタ(?)な感じの話を書きたかった。
そしてこの紅い花弁が、近い未来血に変わってしまうのを彼等はまだ知りません