novel


□ご主人さまとお風呂
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暗い、暗い寂しい倉庫。
あれから黙々と掃除をした。
胸にしまってある懐中時計を見ると、
時刻は夜9時を回っていた。
食事も取らずに掃除を続けていたので、
疲れてその場に座り込んだ。
はぁとため息をついて、ぼそりとつぶやいた。
「…何がいけなかったのかな…」

まるで心にぽっかりと穴が開いたみたいだ。

今までこんなことなかったのに。
どうしてしまったのだろう。

もしこのまま愁一郎様の傍にいられなくなったら、どうしよう。
そう思うと、泣きそうになる。
あんなに私に優しくしてくださったのに、
私を傍においてくださったのに。

愁一郎様は召使である私を、
召使らしく使われたことや、命令をされたことはほとんどない。
子ども扱いされているのかもしれないけれど、困ったことがあればいつも庇ってくれた。
私に部屋を与えてくださったし、
服も、身の回りの物も全て、愁一郎様がそろえてくださった。

父も母もいない私にとって、
愁一郎様は仕えるべき絶対の存在であった。
それなのに、昨夜は
愁一郎様はいつもと違っていて、
怖かったから、拒絶してしまったのだ。
言うことを聞いておけばよかったのかな…。

で、でも…。
「服を脱ぐ」ってことは、そういうことだよね…。
かああーと顔が熱くなる。
一緒に入るって…、
で、でも…、
愁一郎様なら変な事しない、と、思う…けど、
ううー。
だめだ、考えがまとまらない。
けれども、「恋人」なんだから、そういうことしなくちゃいけないのかな…。
一緒に背中流せば大丈夫だったのかな…。

すると倉庫の扉が開いた。
見ると、召使長様が立っていた。

「美樹屋、もう終わりなさい。」

「あ、…はい。」

思い切って、愁一郎様に謝りに行こう。
昨夜はごめんなさいって。
そして仲直りできないかな…。

「あの、…愁一郎様はもうお休みになられましたか?」

パンッ

その瞬間、
私は召使長様に頬を平手で叩かれた。

「おまえは自分の身分をわかっているの!?

召使のおまえと愁一郎様とでは、住む世界が違うのです!

最近おまえは愁一郎様のお部屋に呼ばれているようですね。

夜、何をしているのか知りませんが、おまえは将来のある愁一郎様の時間を奪っているのですよ?!

このことをおまえはわかっているのですか?!

愁一郎様が召使ごときのおまえと接するなど、あってはならないことなのですよ!?

はっきり言って、おまえはこの家にとっても、愁一郎様にとっても邪魔な存在でしかない!

わかったならもう下がりなさい!」

私はただ黙って、倉庫を後にした。











屋敷の廊下を歩く。
だめだ。


涙が止まらない。
自分はなんて馬鹿なことをしていたのだろう。
馬鹿。
私の馬鹿。
そうだ。
愁一郎様と私は一緒にいちゃいけないんだ。
もうお部屋に呼ばれても、行ってはならない。
何か物を贈られても、受け取ってはならない。
愁一郎様と私とでは、だめなんだ。

そんなの最初からわかっていたことじゃないか
なのに、どうして?
どうして胸がどきどきしてしまったのだろう。
どうして一緒にいたいと思ってしまったのだろう。
本当にどうかしている。
反省しないと…。

けれども涙が止まらない。






あいたい。


愁一郎様に会いたい。


会ってお話がしたい。
謝りたい。
笑顔が見たい。

でも、だめなんだ。
私は邪魔者だから。
愁一郎様が困る姿なんて絶対に見たくない。
私が邪魔なら、
もう、お傍にはいけない。


泣き止まないと。
こんなみっともない姿で歩いていたら、
召使長様にまた怒られてしまう。
涙を必死に服の裾でぬぐうと、

ぐいっ

肩を掴まれた。

振り返ると、

「…なぜ泣いている。」

愁一郎様が厳しい表情で立っていた。

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