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□お祭りと硝子玉
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サナダテで切甘
<泣けぬ貴方へ>
米沢の城に泊まったその夜は、丁度満月だった。
毎度の如くいささか熱めの風呂から出て、着流しに髪を濡らせたまま、政宗殿の部屋へと踏み入る。
と、いつもは笑って出迎えてくれる彼が、縁側に座っている事に気がついた。
酒をあおっているには見えないあたり、月に見とれでもしているのだろうか。
ひとたび戦場に出、刀を振るえば独眼竜と恐れられる彼は、人一倍風流なところがある。
急に肩を叩いて驚かせるのもと思い、近づきながら小さく口を開いた。
「政宗殿。風呂、上がったでござるよ」
ありがとうございましたと言いながら、政宗殿の顔を覗き込む。
そして、はっとした。
それは、哀愁、とでも表せばいいのか。
今にも泣き出しそうな顔で唇を噛みしめる政宗殿は、満月を見上げていた。
初めて見たその表情は、余りにも痛々しく、儚くて。
まばたきした瞬間に、もういなくなってしまいにも見えた。
「…政宗…殿…」
思わずかすれた声で名を呼ぶと、政宗殿はピクと肩を揺らしてから俺の方を見る。
そこに浮かぶ表情は、先ほどまでの泣きそうな顔ではなくて、作ったような笑顔。
「Ah…幸村か。Sorry、ぼーっとしてた」
もう風呂出たのかと呟いて。
「じゃあ次入ってくるから。」
そう言って立ち上がろうとした政宗殿の体に、素早く腕を回した。
「…幸…村?どうし「何があったのかは、聞きませぬ」
驚いた声を遮って囁くと、政宗殿は軽く目を見開き、小さく俯く。
「たまには某を頼って下され。某ばかり頼っていては、格好がつきませぬ」
「…Ha…別に頼りたい訳じゃ「嘘。」
頑なに力を抜こうとしない政宗殿の髪に、頬を押し当てる。
「泣きたい時は、泣けばいいのでござる。」
「…ガキが偉そうに」
「貴方が教えてくれたのです」
笑みを混じえて答えると、政宗殿も少し可笑しそうに笑った。
同時に、ゆっくり、恐る恐るだが預けられた背中に気づく。
ふと、ああ、信頼されてるなあ、なんて感じて。
「愛しています、政宗殿」
「…うっせ、バーカ…」
小声で返された照れ隠しにくすと笑って、肩に回した腕の力を強める。
音も無く落ちた雫は、包み込んだ彼の体温に溶けて消えた。
fin