S-Story

□ファイアウォール
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「……もう諦めたらどうですか?」

片手では数えきれなくなった時に、さすがの祐希も俺を引き留めた。

「……そうですねぇ…でも、邪魔してやりたいじゃないですか?」

コール音を聞きながら、意地の悪い笑みを浮かべる。

「……性格、悪いですね…」
「え…知らなかった?」

呆れたように言う祐希に笑いかけると、なんとも言えない苦笑いになる。
その表情を眺めながら、自嘲しているとふいにコール音が止む。

『………何だよ』

不機嫌なテノールの美声に体が震えた。

「――龍大、仕事ですよ」

その震えが何なのか理解する前に、俺はいつもの口調で龍大に命令する。
決して、お願いではない。

『っ……てめぇは…』
『ぁ……りゅうだい、さまぁ……』

受話器の向こうからは、龍大の苛立った声と龍大を呼ぶ甘すぎる少年の声が聞こえた。

ヤってるとは思っていたが、やはりと判ると意識せず苛立ちが募る。

「ずいぶんと精が出ますね…いい加減な付き合いで病気でももらえば反省しますか、龍大?」
『――うっせぇな。お前にとやかく言われる筋合いはねぇんだよ』
『はっ、あぁっ…りゅ、だい…』

声を荒げた龍大に被るように、かん高い悲鳴のような悦楽に溺れた声が重なる。

「………そうですね。俺には貴方の交遊関係に口出しする権利はありません。でもね――」
『あ?』
「生徒会副会長として、貴方に仕事を全うさせる義務があるんですよ。別に、貴方の自堕落な性交渉に踏み込みたいなんて一切思いませんよ」
『………』

言いたいことを一気に言ってしまうと、幾分興奮していた自分に気が付く。
近くで話を聞いていたであろう祐希が意外そうな顔で俺を見詰めていた。

その視線に気付いたが、もう遅い。祐希がそれ以上俺の気持ちを深読みしないことを祈るのみだ。

『…………萎えた』
「ぁ――?」
「ぇ……り、龍大様…」

静かになった受話器の向こうでぽつりと龍大が呟くと、慌てた声が遠くに聞こえる。

「……龍大」
『今からそっちに行く。まってろよ、神宮千尋(じんぐうちひろ)』

待ってろ――その言葉に背筋にひやりとした甘い悪寒が走る。

龍大の声の向こうからは、引き留めるように龍大の名前を呼ぶ少年の声がした。
その切ない響きに胸が痛くなる反面、暗い優越感に満たされる。

そんな優越感は独りよがりで、無意味なものだとわかっているのに、満足してしまう自分が愚かだ。

わかっているのに――。
龍大に、嫌われているのは解りきっているのに。

望んではいない感情が芽生えてしまう…。

「副会長…?」
「……龍大、すぐ来るらしいよ」

心配げな祐希に苦笑で笑いかけると、なんとも渋い顔になる。

「……副会長…大丈夫ですか?」

聡い彼なら何となく気づいているのかもしれない。

「ん……?何が?」

けれど、この気持ちを知られる訳にはいかない。

どうせ、叶わぬ思いなんだから。

俺は、神宮千尋。
叶わぬ相手に恋をしてしまった、憐れな男だ。
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