S-Story
□Prisoner
2ページ/48ページ
憮然とした態度をとってしまうのは、仕方ないというものだ。
「そうだな、スピーチを考えておこう。蓮も、あまり仕事を詰めないように」
社交辞令の言葉とともに、香坂さんはそれじゃあと、あっさり社長室を後にする。
廊下を歩く人の気配が遠くなると、完全に独りになった。
明るい蛍光灯の下、真っ暗な窓の外に映る自分の姿を見つめる。
くっきりと浮かび上がる自分は、無表情だった。
香坂さんと向き合っていた時も、この顔を守り通せていただろうか。
からかわれた時は?
頭を撫でられたときは?
普段の自分では有り得ない感情に振り回されて、苦しくなる時がある。
香坂さんといる時と、彼に関する処理を行うときが特に。
それが何故なのか、どうしてそうなるのか、わからないほど子供でもなく、それに気がついた時には、同じ加速で身体も求めてしまっていた。
しかし、自分のこの想いが、叶うはずがないことはわかっていた。
偏見……嫌悪……異常者……。
様々な負の感情にさらされることがわからないほど子供じゃない。
だからこそ、この想いを抑えていなければならないのに。彼の傍にいればいるほど、苦しくなる。小さな触れ合いに、痛いほど心がときめいてしまう。
彼の傍にいたい。少しでも、彼の役に立ちたい……。
それだけで…十分なはずなのに、何故か彼の関係に嫉妬してしまう自分に嫌悪した。
香坂と一時でも関係を結ぶことができる彼女達が羨ましい。彼はどうやって彼女たちに触れ、囁き、抱くのだろう…。
そんな取り留めもない、妄想に捕われてしまう。
「……馬鹿か、俺は…」
俺にそんなこと許されるわけがない。傍にいられるだけでも奇跡に近いのだ。
それ以上を求めてはならない。
彼女たちは一時の優しさを香坂からもらっているが、俺は彼女たちよりも遥かに長く彼と一緒にいることができる。
それで十分なんだ、と自分に言い聞かせる。贅沢をいってはいけない。
小さく被りを振って嫌な考えを打ち消すと、俺は簡単に書類を片付けて携帯電話を確認した。
着信履歴とメールが一件ずつ。
時間は、20時を示していた。
「………板倉(イタクラ)さん、か…」
着信履歴もメールも。
内容は『今夜、いつものホテルで』。
文字が浮かび上がる画面から目が離せなくなる。
ときどき、なにもかもがやる瀬なくなる。こんなことをしても、自分は満足できないし、それを本当は望んではいない。
お互い割り切った関係だから、と分かっているぶん、なおさらやる瀬なくなる。
「――板倉さんを、待たせるわけにはいかないし…」
空虚な思いを感じながらも荷物をまとめ、俺は香坂社長のオフィスをあとにする。
行き先は、ホテル。
俺の、セックスフレンドの元だ。