S-Story

□Prisoner
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 「……お付き合いするな、とはいいませんが、責任くらい持ってください」

 俺は苛立ちを押し殺して、目の前の人物に苦言をていした。
 誰でも、人に注意を促すことはしたくないだろう。少なからず相手を否定してしまうし、怒るのにはかなり膨大なエネルギーを使う。

 しかし、俺にはそれ以上に気の重いことがあった。

 「責任?ちゃんと手切れ金は持たせたつもりだが……なにか、問題があったのか?」

 飄々と肩を竦めて答えるのは、この不況の中でも安定した右肩上がりのホテル経営をする敏腕社長であり、俺の雇用主である、香坂武史(コウサカタケシ)だ。

 艶やかな黒髪に鋭い眼光、しっかりとしなやかな筋肉がついた身体はまるで野性の肉食獣のような強さがある。
 そのくせ、ホテル経営なんぞをしているから紳士面は得意分野である。

 危険な香りを匂わせつつも、どこかしっとりと紳士的にエスコートされれば、誰だって勘違いしてしまうだろう。
 おまけに、金持ちだし。

 非の打ち所がないとはこういうものなのか、と頭の片隅で考えてしまう。

 それに対して、ひがんでいるわけではない。
 香坂さんは、そうあるべき仕事も努力もしていることを、俺――宮部蓮は秘書として隣にいることで十分熟知していた。

 俺が苛立ってしまうのは、個人的な感情――。
 悲しいくらい、仕事とは無縁の感情に支配されての怒りだと、自分でわかっているからこそ、やり切れなかった。

 「っ――問題があったから、申し上げています。せめて、話し合いくらいはしてください」
 「――面倒だな……」

 ふぅ、とため息をつきながら肩肘をつき、けだるげな色気を醸し出しながら、香坂は呟く。
 その何気ない呟きが、俺には重く響く。

 香坂さんには、そういった人の想いや好意が煩わしいのだ。人の肌に触れたいと思うのは、寂しさや愛しさではなく、ただの欲望。
 それを割り切らなければ、彼とは渡り合えない。

 それを自覚しているのか否か。彼は、女性と関係を持っては別れる。

 彼女たちも始めは、割り切れると思って彼との関係を繋ぐものの、どうしようもなくなってしまうのだ。

 彼の欲望と同じく、彼女たちの切ない恋心も自制でどうにかできるものではないのだ。
 それを、香坂さんは知っているのだろうか。わかっているのだろうか。

 わかっていないから、こうなるに違いない。
 わかっていないから、俺が毎回、香坂の尻拭いをしなくてはならないのだ。

 「――面倒なのはこっちです…」

 つい、愚痴っぽく呟いてしまうと、香坂がニヤリと意地悪く笑う。

 「お……仕事馬鹿のお前も、とうとう仕事放棄か?素晴らしいな。よし、今日は祝い酒だな」
 「馬鹿言わないでください――仕事を放棄などしません」
 「そうなのか?今、面倒くせぇって言ったと思ったんだが?」
 「そんな言葉使いはしません。しかし…この手の仕事は、社長が気をつけて頂ければ確実に減る仕事です。もう少し慎重になさってください」
 「残業代をもっとつけるか?」
 「結構です。そんなことより、私は早く業務を遂行したいと思います」
 「くくっ――相変わらず手厳しい。悪かったな、蓮。少しお前をからかいたくなっただけだ」

 椅子から立ち上がった香坂は、俺の隣に立つとくしゃくしゃと俺の頭を撫でた。

 「わっ――ちょっ、止めてくださいっ、社長!」

 大きな手が俺の頭を包む感覚に、身体中の血が熱くたぎった。
 それを知られたくなくて、俺は身をよじって香坂から離れる。

 「くくっ……『社長』じゃなくて『武史』でいいと何度言ったらわかるんだろうな、俺の優秀な秘書は」
 「――それはできないと何度も申し上げました!」
 「はいはい。俺の大切な秘書は頭が固いんだな。一緒に飲みにも行ってくれないし」

 苦笑いをこぼしながら、香坂さんが一言ちくりと囁く。

 「っ――社長が少しでも仕事を減らしてくださる努力をしていただけるなら、考えます」
 「――残念。そんなことをしたら、お固い秘書様を玩ぶ機会が減ってしまうじゃないか」
 「……仕事が終わったなら、お早めにお帰りになったほうがよろしいかと。明日は○▲社とのプレゼンがありますし」
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