S-Story
□ファイアウォール
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つい言葉もなく見つめてしまったのは、時間としてはどれくらい経ってしまっていたんだろう。ほんの数秒…そう思いたかったが、数分ものあいだ龍大を見つめてしまっていたようなきがする。
「――なんだ?」
しかし、それに対して龍大は不快さを欠片も見せず、真摯に俺を見つめていた。
そして、俺が何か言いたいことがあることを分かっているかように、瞳を見据えてくる。
交わす視線に――気まずさを感じたのは、時間を示す置時計が大きな音をたててからだ。
「め…珍しいですね、龍大自ら仕事をしているなんて……」
俺は今――何をしていた?
龍大は俺のことを毛嫌いしているというのに……。自分の気持ちに流されて、彼に頼ろうしてしまっていた。
俺自身が、彼にとってどんな存在なのか、わかっているはずなのに。
龍大が抱くような、可愛い容姿も中性的な魅力も全くないのに……。
俺は、何とかいつもの調子を取り戻すと、皮肉たっぷりに龍大に話しかける。
あぁ、俺はいつも通り無表情で、余裕綽綽の顔ができているだろうか?
あぁ、俺は龍大をすがるような目で見てはいないだろうか。
「………お前らの仕事が遅ぇからな…俺が無能だと思われたら困る」
「――そうですか。心を入れ替えてくださってよかったですよ」
イスの背に身体を預けながら、ゆったりとこちらを眺めてくる。言っていることは自己中心的な発言なのに、その視線は今まで見たこともないくらい真摯だ。
茶化している俺がまるで馬鹿みたいな……そんな印象を受けてしまう。
「……私も、自分の仕事を終わらせますかね…」
龍大の視線の強さに戸惑いながら、その視線から逃れるようにわざと口に出すと彼に背を向ける。こんな手段でしか彼との距離を作ることができない自分に辟易する。
書類を出し、それを読み込んでいけば何とか仕事に没頭できる。文字を追えば追うほど龍大の視線も気にならなくなり、沈黙も心地よいと感じることができるようになったころ――それまで静かにしていた龍大が突如口を開いた。
「……なぁ、千尋―」
「ッ――!!」
しかも、滅多にない名前呼びで、俺の心臓は不確かな鼓動を刻み始める。
龍大の視線を再び意識してしまい、かっと顔に熱が集まり、緊張で口の中が急激に乾いたように感じる。
うまく返事ができなくて、俺は一度息をのんだ。