BASARA話 2
□悪いのはどっち?(小十佐webアンソロ寄稿)
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ガチャッ・・
「起きてー!小十郎さんっ!ほら、起きて!!」
「ん、んん・・おはよう。」
「おはよ。目ぇ覚めた?顔洗ってご飯食べちゃって!」
「ああ。」
「あと、洗濯するからパジャマは洗濯機ね。」
「ああ。」
ぱたぱたぱた・・・
寝室から足早に立ち去る佐助は、今日も朝から慌ただしい。
企画部の自分と営業部の恋人。同じ会社で働く俺たちが同棲する際、「俺様の部署、フレックスだからさ。だから朝飯は俺様が作るよ。」その言葉に甘えて、もう数年が過ぎようとしている。
いくらフレックスと言えど、出勤時間はそんなに大差ない。頻繁に来る電車の、何本分か早いか遅いか位だ。その僅かな時間で飯作りと洗濯を済ますのだから、慌ただしくて当然だと思う。
「はい、ご飯どうぞ。」
そして食卓に着いたと同時に置かれた飯と味噌汁。
「ねぇ、このご飯、いいツヤしてると思わない?昨日、信州産の新米見つけてさ。ちょっと高かったんだけど、買っちゃったんだよねぇ。」
えへへと笑うその顔は少し得意気で、早く食べてみなよと佐助の目が俺を急かしていた。箸で掬い口に入れて咀嚼すれば、豊かな甘さが広がった。
「美味いな。」
「・・・良かったぁ。東北も米所としては有名だしさぁ、小十郎さん、味には厳しそうだから。」
はぁ、と胸を撫で下ろし、そしてあはは、と、声を出して笑った。その後も佐助は仕事の事や、頻繁に連絡を取り合っている真田の話題を出してきては、その都度怒ったり笑ったりを繰り返す。
(よく、まぁ、これだけ話す事があるもんだ。)
そう思うのも、毎朝の日課だった。
佐助が出勤の準備をしている間に、二人分のコーヒーを入れるべくキッチンに立つ。後片付け位は俺にやらせろと買って出た手伝いは、佐助との押し問答の末、自分の食器を食洗機に入れる事に治まった。先程スイッチを入れたそれはそろそろ洗い終わる頃で、最終行程をランプが示している。
「ねぇ、今日の帰りは昨日と同じ?それとも遅い?」
そこにネクタイを結びながら佐助が入ってきた。
「昨日と同じくれぇだ。今日は午前中に会議が入ってるだけだからな。」
「そっかぁ。俺様、今日は少し遅くなるかもしれないんだけど・・。夕飯、簡単なモノでいい?寒いしさ、鍋なんてどうかな。でもシチューとかもいいよね。ああ、でも・・・」
そして、つらつらメニューを出してきては、ああでもない、こうでもないと、首を捻る。その様子が可笑しくて、ついつい口許が緩んでしまえば、佐助は
「どうしたの?」
と、不思議な表情を浮かべた。
「いや、よくこれだけ喋るなぁと思ってな。」
クスリと笑い混じりにそう言えば、明らかに不機嫌な表情を浮かべ、一気に捲し立てられた。
「営業っていう仕事柄、喋るのが仕事なんです〜!小十郎さん達企画がもっとマシなの作ってくれれば、こんなに喋らずに済むんですけどねぇ?このトークでカバーしてあげてるんですー!!」
「・・・」
そして無言でコーヒーを受け取り、
「黙らせたかったら、良いもん作ってよ!」
ああ、なんて上から目線だ。営業の言い分も理解できるのが悔しいが、今はプライベートな時間だ。佐助を見遣れば、勝ち誇った得意気な笑みを浮かべている。
「黙らせたかったら・・だぁ?」
はらり、と、先程整えたばかりの前髪が落ちた。
「お前の口を黙らせるなんざ、朝飯前だ。」
ぎろりと睨むも、怯む気配はなく、悠々とコーヒーに口をつける恋人の結んだばかりのネクタイを、ぐい、と引っ張り、口付けた。佐助は肩を掴み離れようと反抗の意を見せ、唇から漏れたくぐもった声が俺の中に響く。
(俺に勝てると思うなよ?)
強引に唇をこじ開け、佐助の舌を絡めとった。
「ん・・っふ・・」暫くすれば甘い声がキッチンに響き、拒んでいた体はその力を失い、こちらが支える形となる。
「さっきの威勢の良さはどうした、佐助?」
小刻みに震える佐助を抱き、俯いたままのその顔を上げさせるべく、頬に手を遣る。表情は見えないが、きっと頬を赤らめ、涙目でこちらを睨んでくるだろう。夜の営みの後は、大抵こうだ。そして震える声で「ごめんなさい」と、言うのだろう。しかし、聞こえてきたのは
「・・・・・だよ。」
「ん?」
「どうして・・くれんだよ。」
「何が・・だ?」
思い描いていた予想とは裏腹に、地を這うような低い声。そして、ゆるりと顔を上げた愛しい人。その顔は「鬼の形相」
そして・・・
「どうすんだよ!コレ!!」
ぐいと自らの胸元を引っ張って見せる。そこに視線を遣れば、真っ白なシャツに茶色い大きなシミが出来ていた。確か、冬のボーナスで頑張った自分への褒美に、好きなブランドでこのシャツを買ったと俺に見せびらかしていた。そういう事に疎い自分にはその価値が判らないが、若者には結構人気のブランドで、値も張るらしい。
「あ・・・」
思わず言葉を漏らせば、それは即座に拾われて。
「『あ・・』じゃねーよ!!溢しちゃったじゃないか、コーヒー!もう、サイテーだよ!!・・着替えてくるっ!!」
カップをシンクに投げ入れて、自室へ戻ったかと思えば、ジャケットを掴み慌ただしく玄関へ駆けていく。そして、
「今度のボーナス、覚えとけよ!破産させてやるから!!」
そう言い捨てて、力一杯ドアを閉めて出ていってしまった。
「・・・こりゃ、ボーナスは消えたな・・。」
大きなショップバッグを幾つも抱える恋人の姿が想像できて、はぁ、とついた溜め息は、虚しくキッチンに消えていった。
その頃ドアの向こうでは・・
「ひでぇよ・・」
玄関を出て、そのドアに凭れながら佐助が呟く。
「どうしてくれんだよ・・」
熱をもった頬を手で覆う。
「大事なアポ取った日だっつうのに・・」
そしてずるりと、座り込む。
「これじゃ仕事に集中できないよ。」
自身に籠った熱を逃がそうとするも上手くはいかず、項垂れていれば、ドアの向こうから何やら物音。
「そうだ・・」
はたと気付いた、悪魔の思考。
「同じ目に・・逢わせてやるよ。」
絞めたばかりのネクタイを緩めつつ、ドアノブに手をかけた。小十郎がその悪魔に溺れるまで・・あと少し。
end