BASARA話 

□それは何物にも代えがたく
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VD企画


『 小十郎

15時にカフェにchocolate cakeを頼んだ。
スタッフと休憩ん時に食えばいい。
所用で出てくるから、俺の代わりに取り行ってくれないか。
よろしくな。

政宗』

午前の会議の報告をしようと社長室へ行ったら、藻抜けの殻だった。
秘書室のスタッフに聞いてみれば「政宗様からです」と、メモを渡されて。

「逃げられた。」

はぁ、と溜め息を付き、カレンダーを見る。


2月14日
バレンタインデー。


今ごろ真田と会っているに違いない。
まあ今日は特別だ、と、勝手に外出した事について目を瞑る事にした。
明日は雑誌のインタビューや会議でスケジュールは詰まっているが、今日の午後は特に何も無かった。きっと、この為にスケジュールを空けておいたのだろう。
カフェ・・とだけ記されたそこは、この街に昔からあるアンティーク家具に囲まれた喫茶店で、政宗様の気に入りの場所。
14時も後少しで終わる頃、指定された場所へ行くべく、会社を出た。
街を歩けば、コンビニ・菓子屋・百貨店・・・バレンタイン一色で。
これでは普段あまり考えないようにしていた事を思い出さざるをえない。




去年の今日、俺はあいつから初めてチョコレートをもらった。
カメラ片手に取材先をを駆け回る、愛しい恋人。
「美味しそうだったから、買っちゃった。」
そう言いながら、取材先の洋菓子店のチョコレートを渡された。
はにかんだ笑顔が、可愛いと思った。
そしてそれから1か月もたたない内に、
「アメリカで勉強をしたい。」
そう言って、俺の元から飛び立っていった。
いつも使っているメッセンジャーバッグに数着の着替えと日用品。そしてカメラを入れたケースを持って。
「仕事も取れるかわからないし、住所も決まってない。お金も無いから、電話やメールもできないかもね。」
不安定な向こうでの生活を、あっけらかんと言う佐助に苛立ちを覚えた。
心配する気持ちと、俺との生活を捨ててまでいくのかという訳のわからない嫉妬心。
今では時々あいつから掛かってくる電話だけが、俺達を繋いでいる。
この前話したのは1か月前だろうか。
たった数分間の、声だけの会瀬。

「元気か?仕事はどうだ?ちゃんと食ってるか?」

矢継ぎ早にそう問えば、

「小十郎さん、お母さんみたい」

震える声でそう言った。

「仕事、取れてるのか?」

「ん、まぁね。でも、アシスタントが多いかな。」

「辛かったら、帰ってこい。」

ぐず・・と、鼻を啜る音がしたが、気付かないふりをしてやる。

「帰るときは、仕事の依頼があった時って決めてるんだ。」

強気な言葉が出るも、今どんな状況で電話しているかなんて明白で。

「愛してる。」

そう言えば「俺様も」と聞こえたところで、電話が切れた。


俺様も・・・


続く言葉は一体何なのだろうか。





大通りから路地に入り、車の騒音が消えた頃。
豊かな自然の公園が目に入る。
そのすぐ横にある開かれた鉄製のアーチを潜り、『open』のプレートを確認して扉を開ければ、カランコロン、と、来客を知らせるベルが鳴った。

「いらっしゃいませ。片倉さん。」

政宗様を通じて、顔見知りになったウェイターの男が挨拶をしてきた。

「こんにちは。政宗様が予約したケーキを・・・・」

取りに来たのだと伝えようとした瞬間。


視界に飛び込んできた



一人の男。



「小十郎さん。」

「さす・・・け?」

「こじゅ・・さぁん・・」

泣きそうな声で呼ばれたら、いてもたってもいられなくなって。
俺は佐助を抱きしめた。

「いつ日本に?」

「今朝、着いた。」

「なんで連絡寄越さねぇ。」

ぽたりと零れる涙を拭ってやれば、佐助はくすぐったそうに、目を瞑った。
店主から席を勧められ、コーヒーを頼んで席に着く。
すると佐助はバッグを漁り、数枚の紙を俺に見せた。英文で書かれたその内容は、佐助がいるスタジオへの仕事の依頼とその内容。
読み進めれば、どこかで聞いた事のある内容で。
そして最後の依頼主の欄


まさむ・・・ね

だて・・・


「政宗様!?」

つい声を上げてしまい、慌てて口許をおさえた。
ビジネス誌が企画した、企業のトップ対談。政宗様のポートレートを、それを佐助が撮るなんて。
そして二枚目を捲れば、政宗様からのメールのコピー。


『 さる へ
仕事熱心なのはいいが、お前が行ってからの小十郎は見るに堪えない。笑っちまうぜ?あんなしょげた小十郎は。
一度ぐらい顔を見せてやれよ。でも、仕事は仕事だ。お前の腕を見込んで依頼する。幸村が惚れ直すくらいに撮ってくれ。
政宗 』


「最近は仕事も軌道に乗ってきてさ、仲間もみんな良い人達で。・・・辛い時もあるけど、結構楽しくやってるよ。」

近況報告で紡がれる言葉は、安心できる言葉ばかりだったが、「でもね・・・」と佐助は続けた。

「小十郎さんの事考えたら、すぐにでも日本へ帰りたくなっちゃって。だから電話もあんまりできなくて・・・。」

それはそれで、もっともっと辛くなって・・・。


また目に涙を溜めながら話す恋人の頭をわしわしと撫でた。

「よかった。」

「・・・?何が”よかった”なのさ。」

「その”辛くなる”・・ってのは、お前が俺の事をまだ好きでいてくれてる、って事だろう?。」

と、そう問えば、真っ赤になって俯いて。
「当たり前じゃん。」

ぼそりと小声で答えてくれた。

「あ、そうだ。小十郎さん、手ぇ出して。」

「?」

「はい、これ。・・・ごめんね。日本のお金、あんまり持ってなくって、。」

ころんころん、と、手の上に落とされたそれは、コンビニでも見かける数十円程の小さなチョコ。
俯きながら、もう一度「こんなのでごめん」と、恥ずかしそうに言った。
手のひらの小さなチョコレートを見つめる。
どこででも手に入るであろう小さなそれは、今の俺にとって一流のパティシエが作るどんなに高級なチョコレートよりも、旨いだろう。
俺もヤキが回ったもんだ。

「ありがとう、佐助。」

そう言えば、はにかんだように笑う愛しい恋人。
ああ、また今年もこの笑顔を見ることができた。
壁すぐ横の席というのを良いことに、隣の席から隠れるようにコピー紙で顔を隠し。
もう片方の手で佐助の頬を撫でれば、俺がこれから何をするのか察したようで。

「おばかさん。」

佐助のその呟きを、俺は唇で奪い取った。




「は、は、破廉恥でござるぁぁあああ!!!!」
「ばっか!黙れっ!!」

聞きなれた声とフレーズ。
まさかと、声のする方を見れば、我が主とその恋人。

「よう、小十郎。会社に戻ってもまだcakeが届いてなかったからな。二人でいちゃいちゃしてると思って、覗きに来たぜ。」

ニヤニヤと意地悪そうな笑みを浮かべる主に、返す言葉もなく。
それでもこうして会えた感謝の意を伝えれば、「小十郎へ俺からの『友チョコ』だ、」と。

「とびっきり、sweetだろ?」

「そうですな。」

目の前では真田と佐助が再会を喜び、ぎゅうぎゅうと抱き合っているのをほほえましく見ていたら、「あの・・・」と、声をかけられた。
見ればそこには、ケーキの箱を幾つも持ったウェイターとマスターが。

「伊達さん・・・すみません、いつお声を掛けようかと。」

それをテーブルに置く。数えてみれば、片手では足りない箱の数。
「Thanks.」と言って、くるりとこちらを振り向いて、

「コレが小十郎からの『友チョコ』な。」

と。

「佐助に会えたお返しとならば、この位でよろしいので?」

今この店にある菓子全てでも足りないくらいだ。
そう伝えたら、驚き顔の主の横で、真っ赤になった恋人の姿が目に入った。



END

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