頂き物 【お話】

□春、まだ遠く
1ページ/2ページ


◆◇◆◇◆
正月は忙しくて来られないけれど、二月にはきっとまた来るよ。と佐助は小十郎が止めるのも聞かず言い置いて、昨年最後の逢瀬で身を翻した。


◇◆◇◆◇


「小十郎、どうした?」
「……いえ」

一月の末からどことなく落ち着きを欠いていた小十郎ではあったが、二月に入ってからは目に見えて落ち着かない。雪の落ちる音に反応し、鳥の羽ばたきに腰を浮かせる。

「……小十郎」
「……申し訳、ありません」
「今日はこれが終わればもう無いんだよな?」
「はい」

とん、と政宗は扇子で文机を叩く。

「なら、これが終わったら白石に戻れ」
「政宗様?!」
「逃げやしねぇよ。それよか、側でそわそわされっとこっちも落ち着かねぇ」
「……申し訳…」
「いい。終らせるぞ」
「は」

政宗の言葉に気を引き締めた小十郎は、それからは元来の集中力を発揮して政を行なった。
その甲斐あって夕方には政は全て終り、小十郎は政宗の言いつけ通りに白石へと戻った。

ついでの様に言い渡されたのは五日間の休み。
どうせこう雪に閉ざされてしまっていては、そうそう逃亡もかなわないだろうと考えた小十郎は有り難く休みを頂戴した。

休みの一日目は家の者も普段の小十郎の忙しさを知っているからか、朝は殊更静かに過ごして小十郎を態と寝坊させた。
バツの悪そうに起き出して来た小十郎にそしらぬ振りで挨拶をし、朝餉を用意した。
その日の昼過ぎから休みの二日目までは、小十郎はなかなか手の回らない自城や町の話を聞き、女中や兵たちの話を聞いて回った。

休み三日目。

「よう、小十郎」
「政宗様?!如何なさいましたか?!」

小十郎が城の者たちと城の掃除や点検をしていると、ひょこりと政宗が顔を出した。
何があったのかと心配する小十郎に政宗は、

「これ、お前に確認しようと思って来たんだが…」

ちら、と外を見る。

「……よく、着けましたな…」

外は昼間だというのに、猛吹雪きで、一寸先は白い闇。吹雪きに慣れた奥州の者でも遭難するだろう酷い荒れ模様だ。

「政宗様、成実殿も、先ずは湯殿へ」

すっかり体温を奪われて唇の色が悪くなってしまっている二人に温いお茶を出して一息つかせてから湯殿へと案内した。

政宗の持ってきた物は今年の春以降の年貢の大まかな使い道を書き出した草案だった。毎年大きく変わる事はないが、祭りのある年や、前年の気候などで細々とした所が変わってくる。
それの下書きを済ませたのに、小十郎に確認するのを忘れていた、と政宗は物見遊山に出掛けるようなつもりで仙台城を出てきたのに、白石城の近くにさしかかって雪が突然吹雪きになってしまった。
仕方がないので白石城で一泊して、翌朝帰る事となったが…

「……oh…」

次の日、吹雪いてはいなかったが、相変わらず深々と降り続ける雪。昨日の吹雪きで辺り一面が均されてしまって、何処に何が在るのか分からない。城の者や町の者たち総出で雪かきはしているが、こうも絶えず降り続けられては、城の周りと町の主要箇所で手一杯になってしまう。

「さすがに明日には止みましょう。政宗様、もう一日は此方でお過ごし下さい」
「悪いな。そうさせて貰うぜ」

あがいても仕方がない事を知っている政宗は小十郎の言葉に素直に頷いた。成実も異存無いと同意する。
出入りの者や女中、兵たちと百人一首をしたり、貝合わせをしてみたり、と久しぶりにゆっくりと過ごし、今、小十郎と政宗は、小十郎の私室で将棋を指している。成実は目隠し鬼を始めたらしく、女中の華やかな声や兵たちの囃したてる野次やからかいの声が聞こえてくる。

「たまには良いものですね」
「そうだな」

パチン…パチン…と指す音が聞こえる。

「お茶をお持ちしましょう」

ふと見れば政宗の湯飲みも小十郎の湯飲みもすっかり空になっていて、小十郎が腰を上げる。
火鉢の炭をいじったあと、政宗は盤の上の駒を睨み付けた。明らかに自分の不利だ。あと五手…いや、もしかすると三手もすれば王手を取られてしまうだろう。

「んー…」

パチンパチンと扇子を広げては閉じ、広げては閉じ…
カタ、と天井で僅かな物音。

「小十郎さんっ!!」
「おわっ!!」

音と同時に背中に誰かが乗し掛ってきた。
体を支えようと伸ばした手は盤の上を滑る。
ザラザラ…と駒が畳に散らばった。

「あーもー外寒かったよっ!!っていうか、何あれ、めっちゃ吹雪いてるんですけど。俺様じゃなかったら遭難だよ?凍死だよ?あー小十郎さんの背中温か…い、けど…小さくなった?あれ、薄い?…あれ?」
「……猿…」
「うわっ、独眼竜?!え、あれ?小十郎さんは?」
「茶ぁ煎れに行った。すぐに戻る」
「あ、そう…っていうか、伊達の旦那に抱き付いちゃったよ…小十郎さんの羽織着て紛らわしい」
「てめぇが勝手に勘違いしたんじゃねぇかよヘボ忍」
「はぁ?!この優秀な俺様にヘボは無いでしょ?!」
「羽織だけで判断して本人だなんて思い込んで抱き付いてくる忍なんざヘボで充分だ!!」
「な、にぃ?!」
「政宗様、何を…猿飛?!」
「ああ、本物の小十郎さん!!」

二人して立ち上がり睨み合っている所で小十郎が盆にお茶を乗せて戻って来た。

「いつ来た?」
「今さっき。もう、伊達の旦那が小十郎さんの羽織着てるから間違えて抱き付いちゃったよ」
「後ろから突然抱き付いて来やがるから…」

見ろよ、と政宗は畳に散らばる将棋の駒を指す。

「…はぁ、佐助、その癖は止めろと言っているだろう」
「だって小十郎さんの背中大好きなんだもん」

むくれる佐助に座れと促して、小十郎は政宗の湯飲みにお茶のお代わりを注ぎ、自分の湯飲みにも注ぐと、それは佐助の前に出した。

「え?」
「今来たばかりなら体が冷えているだろう。飲め」
「…あり…が、と」

小十郎は散らばった駒を拾い集めると盤の上に乗せてまた立ち上がる。

「…えへへ」

自分の手には大きい小十郎の湯飲み。それを包むように両手で持って、嬉しそうに笑う佐助。
それの何が嬉しいのかと思った政宗だが、こんな小さな事にも幸せを感じられるのは羨ましいのかもしれない、と佐助を見る。

「…な、何?」

ぱちっと目が合って、慌てて顔を逸らす佐助。
恐らく完全に政宗の事は頭の中から消えていたに違いない。

「いや、Happyだなって思っただけだ」
「は?」

小バカにされるか嫌味を言われるか…内心身構えた佐助はそのどちらでもない答えに戸惑う。

「それよか冷えてんだろ。もっと火鉢に寄れよ」
「何言ってんの。ダメに決まってんだろ。それにこの部屋は温かいからもう平気」

お茶も貰えたし、と佐助はゆっくりと小十郎の湯飲みに口を付ける。
今度は静かな時間が流れた。

再び戻って来た小十郎は盆に新しい湯飲みと土瓶、それに小鉢と小皿に乗った干菓子を持ってきた。

「干菓子か」
「はい。先日呉服屋の店主が持って来たとかで」

小鉢に入った方を政宗の前に、小皿に乗った方を佐助の前に出す。

「え…?」
「食え」
「い、いやいや貰えないよ、こんな上等な物…!!」
「お前の事だ、政宗様と同じ器の物は食えねぇとか言うだろう。別にしてやったんだ。食え」

ずいと前に出されて、食べないのだったら捨てるだけだと睨まれた。

「…え、えと…じゃ、貰って帰ってもいい?」
「真田には別に包んである」
「………」

お前の考えなどお見通しだというように小十郎は佐助の「食べない」という選択肢を消していく。

「猿、観念しろよ」

干菓子を口に放り込みながら政宗がニヤニヤとしならが言う。心底困っている佐助を楽しんでいるのが透けて見えた。

「……」

勧めてもらえるのは嬉しいけれど、それを食べるという選択肢はやはり自分の中に無い。どうしようかと干菓子を見つめたまま途方に暮れていれば、

「…ったく」

そのうちの一つを小十郎が抓み上げる。
小十郎が食べてしまうのならば自分は食べなくても大丈夫だと安心したのもつかの間。

「佐助」

呼ばれて小十郎を見れば素早く捉えられてしまった。

「何を…んんっ…」

問い質す事も出来ずに口を塞がれた。
竜の旦那が見ているのに…そう思って小十郎を引き剥がそうとしても、単純に力勝負ならば小十郎に分が有る。下手に動くとお茶を溢してしまうという考えも佐助の抵抗を鈍らせる原因の一つであった。だから、身を満足によじる事も出来なくて、結局はされるがまま。
苦しくて少しでも酸素を取り入れようと薄く口を開けば、そこに何かが押し込まれてくる。咄嗟の事で思わず歯を立ててしまえばガリッと音がして口の中に仄かな甘味が広がった。

「んっ…んぅ…」
「…どうだ?」

ようやく佐助を解放した小十郎が口元を親指で拭いながら尋ねる。

「どう…って…?」

ぼんやりとしたまま尋ね返せば、佐助の口元も小十郎の親指で拭われた。

「干菓子だ。甘ぇだろ?」
「…あ…うん」

まだ口の中に残る甘さに頷いたけれど、佐助はそれよりも久しぶりの口付けの方が甘い、と心の中で呟いた。

「それにしても…」
「うわっ」

ぐいと引かれてあっという間に小十郎の膝の上。いつの間にか湯飲みやら干菓子の乗った小皿はどけられていた。

「ちょ、ちょっと…」
「未だ冷えてやがるな」
「ん…くすぐったい…」

額当てを取った顔を撫ぜられて佐助が首をすくめる。
突っぱねていた腕の力が抜けて、小十郎はすかさず佐助を更に抱き寄せた。

「小十郎さん…」
「佐助」

お互いの名を呼んだ二人はかすがと謙信公も顔負けな世界を一気に構築した。一時的にだが、政宗の存在も彼方へとやってしまっているので、当然政宗の「見せ付けやがって」というくさった言葉も耳に入らない。

「小十郎さんの手、あったかい…」

撫ぜてもらう事が気持ちいいのか、目を細める佐助。

「お前が冷えているからだろう」
「そうじゃなくて…さ…」

どう言えば良いのか分からず佐助は腕を小十郎の広い背中へと回して、ぎゅっと抱き付く。

「どうした?」
「ちょっとだけ、こうさせてて…」

珍しく佐助から体を寄せてきた事に気を良くしたらしい小十郎だが、久しぶりに会ったうえに、ずっと心配させられていたからか、悪戯心が湧いて出たらしい。

「ちょ、どこさわって…」

忍服の中に手を入れられて佐助は驚きの声を上げたものの、嫌がってはいない。
それどころかくすくすと笑っていたずらに小十郎の手を止める素振りをし、仕返しとばかりに小十郎の着物の袷から覘く鎖骨や胸板に唇を寄せる。

「こら、煽るな」
「小十郎さんこそくすぐったいってば…やっ…もう、んっ…」

巫山戯て睨み上げれば口付けられた。
イチャイチャイチャイチャイチャイチャ…
と、そこで実は未だ居た政宗が立ち上がる。
スパンッと襖を開け放って、

「成実、成実ぇぇぇ!!!!」

未だ女中や兵たちと遊んでいるだろう従兄弟を呼ぶ。

「若、どうした?」

心得たもので成実はすぐに姿を表した。

「馬だ、馬を用意しろ!!」
「は?わ、若何があった?!」
「うわあぁぁん、幸村に会いに行くぅぅ!!」
「待て、待てって若!!馬用意してない…ってよりも外雪!!雪!!吹雪きー!!」
「雪じゃなくて幸に会いてぇえぇぇ!!!」

政宗様ご乱心。






「こじゅーろーさん」
「何だ?」
「んーん、なんでもない」

佐助と小十郎は未だ二人の世界に居た。

暖かな春、未だ遠く。
だけど、もう少しだけこのままで…


→次頁 御礼
次へ

[戻る]
[TOPへ]

[しおり]






カスタマイズ