頂き物 【お話】

□【たそ。】いるい様より
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『父上!!』


あの悲痛な叫びを知っていた。

あの時は欠片も疑いもして無かった、思い。
“生きて欲しい”

けれどそれが娘にとって生きる以上に難しい問題なのだと、

今なら少し判る。

・・・・・・・

「っ梅!!」

なるべく静かに入らなければならない事はわかっていた。
でも、病室に近づく程いてもたってもいられずに、

幸村は半狂乱になるのではないかとさえ思いながら名前を呼んだ。

梅の姿を見たら、尚更。

涙さえ出るかと思い、走って来た事で喉に込み上げた胃液を飲み込んだ。


「あ、お父さん」


こちらの思いとは真逆に…のんきに名前を呼んで、梅は驚いた。

ベッドの頭をおこし、オーバーテーブルには食べ掛けの昼食があった。

簡素なパジャマで、高校の制服が無造作に掛けてあった。


「学校は?仕事はどうしたの?」
「午後から休みにしてもらって…ってそうじゃなくて」

幸村を案じられるならたいした事はないー…実際、事故は悲惨ではないと聞いていたから、本当は死ぬ思いで駆けつける必要もない筈だった。

案の定、

梅は笑って、たいした事は無いのに、と言った。



「どうしたらこうなるんだ…」
「別に。私が悪い訳じゃないよ…ただ少し良いことをした結果。」

にこ、と笑って、幸村を見据える。面会人用の椅子を父に勧めた。
幸村は幾分疲れた様子で座った。


「お前…」
「小言は嫌よ、せんせ?」

座る途中、オーバーテーブルの端に梅の好きなチョコレートの包装された箱と

包装に使われていたのだろう、リボンが見えた。

見れば、昼食もそこそこに梅が眺めているのは

ましろい画用紙に描かれたクレヨンの絵。

多分梅ぐらいの女の子…と小さな女の子の絵。

歪な字で拙く文字も書いてあった。

”ありがとう“


「それで?助けた子は…」
「一応、簡単な検査を受けて帰ったみたい。」
「まったく…誰に似て、そんな危険な事をするんだお前は…」


娘が事故にあった、と聞いたのは数時間前。
小さな女の子をよそ見運転のトラックから救ったと聞いた。

幸い怪我は女の子、トラック運転手共に無かったらしい。

…梅は女の子を強く引いた反動で、足を折ったが。


「とにかく牛乳飲め。」
「お父さん安直…飲んだら骨が丈夫になるだけだって。必要なものは入ってくるから平気よ」


ほら、と梅は右手を出す。

手に固定されたチューブは、伸ばされて点滴台につながっていた。
何やらカタカナで名前が入っているが、良くは解らない。


「マラソン中で良かった。ジャージじゃないとうまく動けないもの」
「……」

はぁ、と息を付いた。本当に我が娘ながら、無茶苦茶をする…


「来なきゃ良かった…」

正直に言うと、声を立てて娘は笑った。


「お父さん心配しすぎ」
「お前が心配掛けすぎ…下手したら」

死んでいた、と口に出そうとして幸村は口をつぐんだ。

梅も察してか、ごめんなさい、と小声で言った。


「…本当は怖くて、どうしようかって思ってたの。…でも、放っては置けなかった」
「…わかってる」

幸村が少し笑うと梅も笑った。
手にしていた紙が小さな音を立てた。


「…残された人が…あの子のお父さんやお母さん、家族を考えたら、飛びだしてた」


本当にごめんなさい、
謝る娘に柔らかく笑って幸村は頭を撫でた。
自分と同じ癖っ毛が手に馴染んだ。


「良いよ、無事なんだから…」

頑張ったな、と言うと梅は照れてはにかんだ。


いつしか幸村は、彼女が言った言葉を反芻していた。


残された人が、と言った彼女は、本当にあの小さな子どもを思っていたのだろう。

けれど、どこか遠い感情が混じっていて、

幸村は頭痛を感じた。

(今は違う)


あの時とは違う、と考えても、心は落ち着かない。

今は疲れ、眠る娘の前髪を払いながら、頭をふった。


もし梅に記憶…前世を知っていたとしたら。
きっと自分以上に苦しい筈だ。





置いていかれた気持ちは、きっと痛いほど知っている。




「…謝るのはこちらだな…阿梅、」


ごめん、




ぽつりと呟いて、笑う。笑ったつもりが、笑えていただろうか。


死ぬか生きるか、から切り離された現代でも葛藤は続いてる。

それでも、明日にはまたいつもの様に笑う娘を想像しながら、



この世界で、今度は何が出来るのだろう、と

ぼんやり考えていた。



・・・・・・・・・
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