頂き物 【お話】

□朝焼け
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 ほのかに漂う煙の匂いに起こされて、幸村は重い瞼をゆっくりとあげた。
 褥の上をそっと伝い探った温もりは傍にない。すでに冷たくなったそこから先へと視線をやれば、少しだけ開いた障子に辿り着く。隙間の向こうに、藍の羽織と黒髪が覗いていた。
 己より先に目を覚ますことが稀な人。あるいは一睡もしなかったのではないかと危惧して、幸村は上掛けを捲った。
 しゅっと裸足が畳を擦る。その音に気づいた後ろ姿は、幸村が障子を開ける前に振り向いていた。

「……よぉ。相変わらず早ぇな」

 煙管を煙草盆へと下ろしながら、政宗は早起きの幸村をからかった。
 朝の濡れた気配を纏う低い囁き。
 聞くのが共寝の褥の中ならば、うっとりと意識を預けてしまいたくなる声だが、今は取り合わず、幸村は真面目な表情で政宗の顔を覗き込んだ。

「眠れなかったのでござるか?」

 その顔色に疲れが見えないかと、不器用に読み取ろうとする仕草に頬が自然と弛む。

「いや、ちゃんと寝たぜ。いつもよりちぃと早く起きちまっただけだ」

 政宗は煙草盆を足で遠ざけると、その場に幸村を誘った。
 手の届く距離に寄れば、躊躇う間もなくその腕に抱き込まれる。政宗は羽織までも冷たく、絡められた長い指は先まで冷え切っていた。薄着でもつい先ほどまで褥の中にいた幸村の方がよほど温かい。

 幸村は、空いた手を添えて政宗の指を包み込んだ。ただ、そうして温もりを伝えるしか術がなかった。
 己の傍を離れて、けして短くはない時間を一人縁に座っていた理由を問うことはしない。聞いたところで、政宗は吐露しないだろう。また、万が一にも理由が知れたとて、己には力添えできることなど何一つないと容易に予想がつく。

 唯、この人に、今、思慕の念も込めて諫めの言葉が吐けるのが己だけなら、と。

「はよう褥に戻りませぬか」

 小声で頬を染つつ告げた。

「……朝から煽るなよ」

 茶化したような応えの中で唇を尖らせてしまった幸村を、けれど政宗は目尻を下げた微笑で宥めてしまった。

 腕の中に閉じ込められたまま。
 その顔をじっと見つめていれば、瞼を伏せつつ唇が降りてくる。その長い睫毛が触れる瞬間に、幸村もそっと目を閉じた。

 冷たい唇が、次第に互いの体温と同じになっていく。
 離れる瞬間に名残惜しむように音を立てる唇を、幸村の方から知らず追いかけて、また触れ合った。

 掌を包み暖めていた指が離れ、政宗の羽織の袷を震えながら掴む。
 身を捩り擦り寄ってくる仕草に、政宗は愛おしさを感じずにはいられない。

 そろそろ言うことを聞いて戻ろうかと思い至ったところで、幸村が政宗の羽織をその場で脱がし始めた。目を見張り、政宗がクスリと嗤いを洩らす。

「……おい、ここで始めるつもりか?」

「ま、まさか」

 焦った勢いで、結局政宗の羽織をすべて剥いでしまう。寝間着一枚になった途端、意識していなかった朝の寒さが唐突に身に染みた。

「さみぃな」

 言って政宗が幸村をさらに強く抱きしめる。

「……そうでござろう」

 やっと分かってくださったかと、呆れて告げる声と共に、脱がされた羽織が再び政宗の肩に掛けられた。
 どちらにせよ、このままでは幸村が冷え切ってしまう。政宗は観念したといった風情で立ち上がった。共に立つ幸村の腰にすかさず政宗の手が回る。ビクリと跳ねた躰をさらに強く抱き寄せた。
 
「戻るには戻るが、……寝直すのはもうちいとばかし後になりそうだな」

 障子を閉めつつ、待ちきれない唇が再び重なった。
 少しずつ空が、陽に染められほんのりと紅に染まっていく……。



写真:11/22 AM6:29上田市から見た朝焼け
   ツイッターに投稿by風真
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