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□ミカタ
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綾辻和輝と伊角千



「おい、和輝」


 教室の窓際の席で外を眺めていた男子生徒、綾辻和輝は突然の呼びかけに驚いて、声の方へ振り返った。

 見開かれた大きな瞳が、声の主を確認すると次第に穏やかなものに変わっていく。

 和輝の後ろには黒縁の眼鏡をかけた背の高い男が、からりとした笑顔を見せて立っていた。

 不慣れなのか、ネクタイの結び目が少し不自然に歪んでいる。


「ああ、なんだ蓮二(れんじ)か。久しぶりじゃん」

「久しぶり。お前も来たんだ」

「家にいたって暇だからな。蓮二は?」

「似たようなものさ」


 そう言って男子生徒、越智(おち)蓮二は和輝の前の席に座った。

 その席は蓮二の席ではないのだが。

 蓮二はここ、三組ではなく二組の一員なのだが、頻繁に和輝に会いに来ては名も知らない人の席に遠慮なく座り込んでいた。

 今まで誰も文句を言わなかったのが不思議だな、と和輝は思う。


「ところで蓮二」

「どうした、俺の顔に何か?」

「顔じゃなくて、首だよ。どうしたんだ、その不自然なネクタイは」


 和輝が指さした方に蓮二が手をやると、そこにはあの奇妙な結び目があった。

 ネクタイをほどいて再度結びなおすが、若干形が変わっただけで奇妙なまま進歩がない。

 蓮二は苦笑すると、諦めたようにネクタイから手を放した。


「いや、ほら、さすがに今日くらいはネクタイしようかなーって」

「そうか……外している方が、いつもの蓮二らしいけどな」

「そうもいかねーよ。下手くそなりにも礼儀は重んじるさ」


 今日くらい。

 礼儀。

 ぎくしゃくしてしまうのは、何も蓮二に限ったことではない。

 錦刹那とその友人がこの世を去って一週間弱。

 今日は事件の日から初めての学校であった。

 今日から通常通り授業を再開するというのだが、犯人が捕まっていないという不安、犯人がクラスメイトかもしれないという恐怖から学校に来ていない者も数名いる(和輝の前の席の人物もその一人である)。

 学校に来て、今この教室にいる生徒はいつものように冗談を言って大笑いすることもなく、前後の席の人とひっそりと話をし、朝のホームルームの開始を待っている。

 殺人事件を他人事にしか思えない他学年の生徒の笑い声が、時々この教室にまで届いて響いている。

 欠席している、といえば彼女も来ていない。


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