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□ミカタ
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 少しの変化


 ――近づくな。


 言い放たれた一言を、彼女は受け入れることが出来なかった。

 どうしたの? 彼女にはわからない。

 わかるはずもない。

 元々そっけない性格ではあったけれど、いつもなら心を許して話が出来る仲だった。

 男勝りな刹那と内気な自分とじゃ釣り合わないけれど、それでも目を見て話が出来る仲だった。

 無意識に刹那の気に障ることをしていたのか、いや、もしもそうなら刹那は自分に不満を話してくれる。

 彼女はそう確信していた。

 それなのに、何故。

 その日から彼女の学園生活は一変した。

 自分は間違いなく二年三組の席についている。

 ここに自分は存在している。

 なのに、自分の存在が認められていないような錯覚。

 刹那はいつもの場所にいる。

 刹那の友人であるネネや花音もそこにいる。

 そこに隙間はなく、自分が入る余地何てなかった。

 何より大きな変化は、何らかの用事があって誰かを呼んでも、誰も返事をしなくなったことである。

 初めは、自分の声はこれほどに聞こえにくいのかとあえて別の方向に考えていたが、意識的に避けられているのだと確信したのはある日のこと。

 英語の先生から提出物を集めて持ってきてほしいと頼まれた。

 彼女はそれを引き受け、教室に戻ってから彼女の精いっぱいの声で言った。

 提出物を持っていくから、教卓に置いてほしい、と。

 普通なら、誰がそう言ったって皆は言うとおりにするものである。

 しかし、間違いなく教室に響いた彼女の声は、結局誰の耳にも届かなかったということになったのである。

 彼女が途方に暮れていた十分後、その日の日直がまるで思い出したように言った。


 ――大変、今日って英語の提出日じゃない。

 ――みんな、私のところに持ってきて、日直の私がまとめて持っていくよ。


 その声は皆に届いた。

 次から次へと提出物が日直の手元に集まり、やがて一つの束になる。

 日直は笑顔で、じゃあ持っていくね、と言うのだ。

 彼女は元々自分が頼まれていた仕事だからということで日直に、私も手伝うよ、と声をかけたのだが、その声も届かなかった。

 日直は急いで廊下を駆けてしまったのである。


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