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□ミカタ
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Epilogue
快晴。
それはここから見える青空そのものである。
雲一つない空は清々しくもどこか淋しげで、生徒のいないグラウンドによく似合っている。
清々しい程に何もない。
校長室の椅子に腰掛け、無精髭を生やした男は鳩の一匹でも横切らないものかと窓の外へ目をやっていた。
煙草を口にし、懐からライターを取り出す。
一つ、肺に白煙を送り、吐き出す。
窓にぶつかって消えるその姿に、そこにはない雲の姿を思い浮かべて。
――コンコン、コン
木製の重い扉を叩く音が響く。
男が「どうぞ」と白煙を添えて答えると、音を控えるようにして一人の青年が部屋に足を踏み入れた。
椅子に腰かけた男は来訪者に背を向けたまま再び煙草を口にくわえる。
振り返る必要はなかった。
来訪者が誰なのか、男はわかっていたから。
「……校長、先生」
青年は口を開いた。
その言葉は、校長と呼ばれた男が校長という役職に就いてから嫌になるほど聞いた言葉なのに、彼が口にするとやけに重たく感じる。
――あなたは、確かに、校長先生ですよね。
まるで、青年が校長という存在を確かめるかのように。
校長――青葉(あおば)芳次(よしつぐ)――は耐え切れず青年の方へ振り返った。
音を立てて椅子から腰を浮かすと、青年は僅かに肩を強張らせる。
緊張感が青年を中心に放たれる。
「そう肩に力をいれないで、伊角先生」
「申し訳、ございません」
しかし青年――伊角(いすみ)千(せん)――は恐縮したままであった。
光を失った瞳は俯きがちで、青葉の穏やかな笑みも映らない。
灰が灰皿に落ちる。
普段は目の前で煙草を吸われるとそれが目上の人であろうと嫌な顔をする伊角が、今日に限って何の反応も示さない。
それが青葉にとって少し寂しいものでもあった。
伊角は緊張から、青葉は伊角の様子を伺って沈黙を保っていたが、やがて伊角が唾を無理矢理飲み込んで渇いた口を開いた。
「今回の『集団無視』とそれに伴う『生徒殺人事件』についてまとめた書類になります」
「そう、お疲れ様」
伊角が両手でそっと差し出した厚い封筒を青葉も両手で受け取った。両腕にずっしりと伝わる重み。
その重みから今回の事件で失われた生徒の命の重みが連想される。
たかが書類の重みなんて、命の重みに比べたら軽すぎるものだとわかっていても。
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