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□ミカタ
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「伊角です、失礼します」
校長室の隣の部屋。
外からいらっしゃったお客様のために設けられた応接室は、踏み込んだ瞬間に空気が変わる。
生徒のための教室とはまるで違う清潔で高貴な雰囲気。
僅かな花の香り(に似せた消臭剤)が漂い、心地よい温度の空間が広がる。
いかにもお客様用のお部屋である。
誰でもこの部屋に入れば緊張する。
失礼な態度を取らないようにせねば、と自然に背筋がぴんと伸びる。
普通は、誰でも。
特に慣れているわけでもないのに、伊角は変に緊張するようなことはなく、後ろ手で扉を閉めてすぐに頭を下げる。
「お待たせして申し訳ございません、林さん」
そう言って、伊角は頭を上げた。
林とは、今回の事件の担当をしている刑事の名である。
いかにも刑事ドラマに出てきそうな体格の大きくひげを雑に生やした男で、茜を引きこもりにさせるほど問い詰めた張本人である。
伊角はこの男の顔を見るのがあまり好きではなく、出来ることなら顔を合わせずに事件を解決出来たらと考えていたのだ。
その願いが、意外な形で叶うとも知らずに。
「あのうすみません。俺、林じゃないです」
顔を上げ刑事の顔を見た瞬間、応接室に入る瞬間でも緊張しなかった伊角が動揺する。
思わず、瞬きを忘れる。
伊角は本人すらも聞き取れないくらいの大きさで何かを呟き、目の前の、おそらく刑事なのだろう男を確認する。
男は半分強張った、半分和やかな笑顔で言った。
「今日から担当が代わりました。林の部下の、片岡(かたおか)です。あ、心配しないでいいでありますよ、俺、ちゃんと林警部から事件の詳細は聞いてあるんで」
妙な敬語混じりの挨拶を最後まで聞かずに伊角は目の前の男、片岡を凝視し続ける。
もしも目の前にいるのが林以上に厳つい男でも伊角は動揺しなかっただろう。
もしも目の前にいるのが女装した桐谷先生でも、伊角は落ち着いたまま「帰ってください」と告げただろう。
その伊角が動揺するのは、
「片岡さん、ですか。初めまして、伊角です。被害者である女子生徒三人のクラスの担任です。よろしくお願いします」
今の社交辞令に、少し、嘘が含まれていたからである。
「……ハジメマシテ、イスミデス?」
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