おおきく振りかぶって

□阿部隆也の憂鬱
1ページ/21ページ


……おいおいおいおい。

「……べくん」

お前、――だよな?

どうして、こんなことになってんだよ。

どうしてお前が、俺のベッドに、しかも俺の上に馬乗りになっているんだよ。

……おかしいだろ?

間違ってるだろ!?

「あ、」

「――っ!嫌だあ!!!」

瞬間、三橋が消えた。








<<阿部隆也の憂鬱>>








息が荒い。バクバクと破裂を思わせるほどがなる心臓が五月蠅くて、湿ったシーツを強く掴む。瞳をせわしなく動かすと、そこはいつもどおりの俺しかいない自室だった。夜明け前の部屋はひんやりしていて、誰かがいた形跡はこれっぽっちもない。
たら、と額から汗が垂れてきて、俺は無言でそれを拭った。

――夢……?

ぼんやりと実感がわき、その事実に酷く安堵する。

「……だよな」

恐怖に似た感覚が競り上がってきて、俺は唇を歪ませる事しか出来なかった。

* * *

「お、はようっ!」
「!!」

朝5時からの集合を、こんなに恨めしく思ったことはない。朝一番に三橋に声を掛けられ、俺は心臓が飛び出すかと思うほど驚いた。
実際脈が大きく乱れ、軽く呼吸困難になる。大丈夫、あれは夢だと言い聞かせても、どこかで正夢だったらという恐怖が身体の動きを封じ込める。

「……あべ、くん?」
「っあ…ワリィ、はよ、三橋」

挨拶を返してやると、三橋は表情を輝かせた。ウヒッ、と気持ち悪く笑うと、先にグラウンドに行ってるね、と俺から離れていった。



あまりにも、簡単に。

「……はは、」

身構えていた分拍子抜けしてしまって、俺は乾いた笑いを浮かべる。
やっぱりあれは、ただの夢だったんだ。

「……ん?」

じゃあなんで俺は、ちょっぴり寂しいとか思ってんだ?

「あ、り、え、ね、えっ!」
「ヒッごめんなさい!」
「……あ?」

振り返ると、そこには我らがクソレフト、水谷がいた。何故か涙目になっているが、気にしない。

「……はよ、阿部」
「おう」
「集合かかってるよ」
「おう」

もうだいぶモモカンの前に集まった部員たちを見ながら歩き出す。その中にある三橋の背。田島に書かれた「1」が、その存在を主張しているようだった。











次へ  

[戻る]
[TOPへ]

[しおり]






カスタマイズ