おおきく振りかぶって

□ワニの腹
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唇になにか、温かく湿った感触。
それは唇のところをいったりきたりして、必ず最後にまた、感触を伝える。
何だろう、と考えていると、目の前にワニがでてきた。
ああそうか、と納得する。
さっきから唇に感じてた何かは、これだったのか。





「…ワニの腹…」
「阿部くん?」

呟いて目を覚ましたのか、目を覚ましてから呟いたのか判らないほど曖昧な頭に、その声は驚くほどクリアに聞こえた。
視線を上げると、相変わらずの八の字眉が目に入る。それから伺うように覗き見る目と、ほんのり赤く染まった、頬。
いつも通りの、三橋廉。俺のピッチャー。

「…わり、寝てた」
「ウ、ン」

謝って改めて周りを見ると、もう陽が随分と傾いていた。
一体どれくらい寝ていたのだろう。
教室に他の野球部のメンバーがいなくて、俺はぼやける頭で疑問に思った。

「…他の奴等は?」
「あっ…え、と、みん、なあとは、家でやる、って…」
「そっか」

まぁ、もう試験一週間前だしな。いつまでも学校に残ってやってる奴なんかいないか。
俺もそろそろ、自分の方に本気出さなきゃな。

「…俺らも帰るか」

机の上に広げっ放しの教科書をまとめ、シャーペンを筆箱にしまう。それからちょっと消しカスを払い落として、机の位置を元に戻すため立ち上がった。

「…三橋?」

立ち上がって、隣りを見て漸く気付いた。
三橋はまだ、椅子に座ったまま何もしていない。それどころか、しようともしてない。

「早く片せよ、お前遅いんだから」

いつもならすぐに謝罪の言葉と共に行動を開始するのに、今日の三橋は全く動かない。
不審に思って眉を寄せると、漸く動いた。

「……ご、めん、ね」
「……?別に、そんな落ち込むほど怒ってねぇよ」

いつもより数段気落ちした声に、俺は特に何も思わずそう返す。
しかし三橋はまだ俯いていて、俺は帰れない事に焦れた。











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