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□スタンドアップ・ブラザー
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pm11:43は唐突だった。
今日までお世話になる東京の、
ホテルamo's style
302号室の扉はやんわりとノックされる。

なんとなく、
少しだけ、
誰が来るか分かってた気がした。


「俺です」

予想は当たり。
顔なんか見えなくたって分かる

「どうしよう、俺俺詐欺かもしれない!」

なんちゃって。
おどけて返すと、扉の向こうで
ふ、と笑う声がした。

ちゃんと笑えたのかな、
そう考えると少し不安になる。
早く木手のいつもの傲慢な笑みが見たくなって
低温ドアノブに手をかけ、押した。


お願いなんですけどね、



手首に重みを感じる

ガチャ、と開くはずの扉は
木手の背中で塞がれていて、ビクともしなかった。



いまから
独りゴト喋るんで
耳、塞いでてよ。



低温ドアノブから手を離して
聞こえる低音ボイス

何度聞いたって飽きない
セクシィ要因の一つとも言えるソレは
少し、掠れてた。


負けちゃいましたよ、比嘉中。
だいたいね、
俺が出る前に勝負つくなんて
あぁ、ひどい話ですよ、まったく。


ふぅ、と一息
それからずりずり衣ずれの音がすると思ったら
木手は床に座り込んだみたい
こつんと頭を扉にあてていた。


約束、したのにね。
俺が頂上まで連れてってあげます、て。


扉に背中を預けていたあたしも
木手みたいに
ずりずり
ずるずる
ゆっくり下につたって、
ふ、と一息
声は真後ろ。


いまだにリピートされてるんだ
ゲームセットのコールと
ネット越しの「ありがとうございました」を、ね。


あたしだって忘れられない。
ただ黙って観客席で
どうやって泣かずに迎えてやれるかを必死に模索していたあの瞬間を。


あの時ね、
俺、正直言って絶望してました。
ほらよくいるじゃない、
ばりばりの仕事人間が
退職した後放心状態になっちゃうアレ。


はは、木手の乾いた笑いは広い廊下に響きすらしないほど小さい。
あたしは黙って、ゆっくり
さっきの木手みたく頭をコツン、と扉にあてる。
木製独特、少しこもった響き方をした。


そうしたらね、
言うんですよ。
「次」、てことばを


遠くから見てもなんとなく気づいていた
頭を下げた直後、
木手に向かってみんながゆるやかに笑ってるところ


変でしょう、
だって俺達はもう3年で。
こんな風に
全国制覇を夢見ることは
ホントにホントに
最後、なのに。

それでもね、
「次」、と。



それから
木手は何を言うこともなく
黙っていた。

一度は、
コートを去るその瞬間だけは
みんな感じたかもしれない絶望
それでも
見上げた先で誰かが必死だった。
死に物狂いだった。
その時確信できるのは

誰も、夢を失ったわけじゃない。

沖縄の太陽以上に
ぎらぎら、
ぎらぎらした
闘争本能的な目は
ずっとずっと健在なんだ。

扉、厚さ5センチ越しの木手が眩しい。

遠くへ行ってしまうような気がして
そんな不安を消し去るように
あたしは顔を横に向けて、唇を木製に寄せた。


あたしね、
みんなが負けまくってさぁ
正直ざけんな、て思った。

噴き出す木手にはっとした。
重要なこと言うのを忘れてる。


あぁこれ全部ひとりごとー。


続けて、302から漏らす
少し大きめの独り言。


だぁって、
終わったらみんなと一緒にいられないでしょ。
そしたらなんか、

寂しい、じゃん、か。


声が震えたかもしれない。
でもいいんだ、
だってこれは
独り言。


でもさ、
なんかどうでも良くなっちゃって。


ふ、と時計に目をやると
もうすぐ明日になるトコロ。
怒涛の今日が終わる頃。
たとえ今日というものが終わったとしても、夢だとか希望だとかそんな抽象的なものは果たしてどうか。



まだなんにも終わってないんだよね。
フライングしちゃってんじゃん、あたし。
って思って。


ぐ、と涙を拭って、
今度はちゃんと自分の足で立ち上がった。



「やっぱり、みんな、強いや。」



小さく呟いたのに
相手にちゃんと届いていた。

当たり前です、と
呆れるぐらい
心底まっすぐな、木手の発した低音は
独り言ルールをいともたやすく破った。

試合後はじめて、
まともに交わした会話かもしれない。


いつのまにか今日が明日になっていた。

向こう側も衣ずれの音一つなく立ち上がったようで
明日も飛行機で疲れますし、
そろそろ戻ります。といつものように飄々とした態度に戻っている。
こちら側もオヤスミ、と
特になんてことない態度でもって応えた。
一瞬の間が空き、静かに、
ありがとうございました
と、やわらかく丁寧に発音された木手の言葉は
これからもよろしく、ねっ。
と、ガサツに発音されたあたしの言葉と中和された。




amの世界はもしかすると
新しいスタートなんだろうか、

解かれることはなかった
5センチの封印
その向こう側の彼を瞼の裏に焼きつける。
たとえそれが想像の中の彼であったとしても
おそらく彼の瞳は
ぎんぎらぎんに輝いているに違いない。
そう、きっとそう。


明日が今日に変わって、
今日が明日に変わって、

それでも
そこに木手永四郎はいる。
それでも
そこに彼は光を見つけ出す。


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