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□まだ覚めてないのかも。
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ぴたり。
街灯のライトが道に描いたいびつな円
そしてその中にあたしたちは止まった(正確にはいきなり立ち止まった真田の背中にあたしがぶつかったのだけど)

ねぇってば。
背中に問いかけたって
彼は言葉のキャッチボールをしてくれない。
あたしは真正面に向かった。



……う、わ。


「、すまん。」



逸らされた目線
節の太い手で覆い隠された口元
そこから見える隠しきれてない
赤く、赤い頬、そして耳。

ただの日焼けとは思えない表情は
それだけであたしの体温を上昇させるには申し分ない

「どうしちゃったの」

言ってよ、
何でそんなに照れまくってんの。

あたしまで赤くなってしまった頬は隠さない
見上げて視線を合わせると観念したのか溜息ひとつ。

「すまなかった」

それから続ける副部長殿の罪と弁解

「その、眠っていたのでつい。」

つい、何。
まさか寝顔を観察しながら笑ってたの?
声のトーンが下がったあたしに違うと一言。

「つい、接吻を一回、な。」

彼は目線をそらすどころではなくなっていた。
骨太の長い指は完全に左目付近を覆っていて
いつもの超ド級の気迫は皆無

あたしはというと、
あ、れ、接吻って何だっけ。

一瞬止まっていた。

だって仕方ないじゃないか
この時代今更キスのこと接吻とかなんとかいうやついないから。

そう、キスのことなんて
キス
きす。


「ほんとに?」

ジジ、と虫が羽音をたてて
街灯に寄ってきた

今のあたしたちにその羽音は聞こえるだろうか。

ゆっくり
小さく
申し訳なさそうに頷いて

あたしはようやく
今までの真田の不審な態度を理解した。


それから、
「つい、」という言い訳を何度も聞きながら
一連の流れを聞く。

真田が唇を離して立ち上がった時
急にあたしが飛び起きたらしい。

「イスと一緒にひっくり返ってなかったっけ。」

思い出す、あの時のアンビリーバブルな真田の顔

なんでも、
驚いた拍子にイスに引っ掛かって、
そのままうしろに倒れこんじゃったみたい。

「なんか、マヌケだね」


その時の光景を想像すると
思わずにやけてしまった。

ごほん、と咳ばらいの真田に
あたしは一睨み。

「ばか、セクハラ。」

勝手に人の寝顔見て
勝手に人の唇奪っておいて。

この罪は重い。

どよーん、とまた重たいオーラを放つ彼に苦笑した。

そう、
何だかんだ言って
実は相当嬉しいみたい、あたし。

だってどうしよう
あの真田が、あたしに、キス、なんて。

惜しいのは
その幸せに浸れていない悔しさ


「分かったよ、許してあげるからさ」


さっきとは逆の立ち位置だった
あたしが前、真田が半歩後ろ

ぐるん
振り向いて、さぁどうする。


「ここでキスして。」


またしてもぴたり。
シルエットは街頭の円に入らない。
むしろ都合がいいのかもしれないな、なんて
ちょっぴりいやらしいことを考えつつも
真田の反応を窺った。

照れるだろうか
その赤い顔で睨みながら
ふざけるな、
なんて言ってすぐにあたしを追い越してしまうのだろうか

期待は30%程度
彼はこんな道のまんなかで唇合わせる人じゃない。

それでも0%にならなかったのは
戸惑いながらも
案外うろたえないで、しっかりあたしと視線を交らせたからかもしれない
その視線があたしの体温より熱く、
熱く感じたからかもしれない


風が通り抜けてく。
それに押されるように
ゆっくり近づく男の体に
言い出したはずのあたしが妙に戸惑いを覚えた。

何も言葉なんてない
ただうるさいくらいの心臓の音と
まだ夢を見てるんじゃないか、てぐらい艶のある展開に
くらくら
ぐるぐる
くらくら
夕焼け空のグラウンドを回っていた
むかでリレーの野球部員みたく。

彼はテニスバッグを左肩に担ぎなおし
学生鞄を左手に持ち替えた。

あいた右手の行く先に熱を感じてく。

車のライトが光って
一瞬あたしたちを照らすけど
もう止められない
もう止まらない。

過ぎ去っていくタイヤの擦れる音をぼんやりと聞き流した。
それより大きく影響を与えている
頬の横、ためらいがちに添えられた右手が
愛おしくて
どうしようもないくらいで
泣きそうなほどで。

涙目を隠すために
ぎゅ、と目を瞑った。

右手はかすかに反応し
耳を優しく触ってはゆっくり撫で

だんだん近づいてくような気がする
しゃんとした背を
こんな時は少し曲げるんだ
なんて、変な想像しては唇に神経が集中していくことに
恥ずかしさが募る。


もう、何も
聞こえなかった。

触れた唇はあまりに軽くて
でも瞬間、
変えられた角度の先から
しっかりとしっかりと
抑えられる。
右手の指先に力が入って少し、痛い。
胸板を遠慮がちに押すと、唇を離してくれた。

恥ずかしくて
恥ずかしくて
まともに彼の顔なんて見ることが出来ない。

真田が小さく名前を呼んだ気がした。

見上げると突然。
どさ、と荷物を地面に置いて
大事な大事なテニスバッグは乱暴に肩から落とされた

え、え。
なんて思っているうちに
そのオトコな腕と
オトコな眼差しは
あたしを、あたしのスベテを、
根こそぎ奪い取ってしまうんじゃないか、てぐらいに
切羽詰まったように、乱暴すぎるくらいに、
思いっきり唇を求めて
求めて、
求めて。

幾度となく離してはまた合わせて
離しては合わせてを繰り返した。

人目は無いかどうか、なんて考える余裕なんてない
どこにも、ない。

いつの間にか自分の学生鞄と、ギターケースも下に落ちていて
必死に太い首に腕をまわして
必死に応えてるあたしは、もう理性なんて、そんなの知らない。

時間とか
そういった、制限的な何かなんて
すべて超越してしまいたい。
あたしとあなた
ただそれだけの存在として
この午後8時03分を、世界と切り離してしまいたい。

そう感じたのは果たしてあたしだけだったのだろうか。



眠りを誘う、闇に溶けて、
起きても起きても
永遠、そこは夢でした、
なんて夢を見たい
夢見がちな少女は今ここに
接吻続きの夢を見る。



end.



真田弦一郎企画夢サイト
AM4:00様提出作品


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