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□前日の女
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「待って、大会明日じゃなかった?」
腕の中で女は顔を赤らめながらそう言った。けれども俺は聞かなかったし、そうして無視したまま女の首筋に唇を寄せても、女は無理やり俺の腕をほどこうとはしなかった。そして仕方ないと割り切ったのか、自分の細い指先に俺の髪の毛をくるくる巻きつけながら遊んだ。できあがっていく俺の付けた首筋の痣に声の一つも上げず、一心不乱に髪の毛の先をもてあそぶ女の指先が憎い。俺は首筋から唇を離して、女の細い手首をつかみ、奪った。毛先から指先が離れゆくのを女は惜しむ。それも全て無視して右手に手首を残したまま、スプラッシュオレンジのリップが惜しみなく塗られた唇に吸いつく。そこで初めて女は本当に女らしい声を出した。ん、ん、と鼻孔から漏れるような独特の声色で。間髪入れずに舌をねじ込むと女は一瞬びくりと体を震わせたが、やはりそれも無視して奥で消極的に構えていた舌を掬った。息が荒くなる。奥から先に向かって、ゆっくりゆっくり舐め上げていくと、女は掴まれていない方の手で俺の白いカッターシャツを力なく握った。薄く瞼を開くと、上気した頬の、すっかり出来上がった女がいる。掴んでいた手首を離してやると、途端にシャツにあった手を離し、そのまま両腕を俺の首に回した。唇に圧力がかかった。懸命に舌を出して俺の舌に応えようとする女は俺の首筋や後頭部を撫でまわしている。俺は女の腰に左手を回しながら、右手をleap lippinの薄手ブラウスの中へと入れ込んだ。透けて見える黒地のキャミソールとその下の未だ見えないブラジャーの上から、柔らかい女の胸を持ち上げると、女はゆっくり唇を離し、ゆっくり瞼を開け、ゆっくり俺と視線を交らせる。俺がもう一度唇を寄せようとしたのをうまくかわし、今度は俺がしたように首筋に顔を寄せ、スプラッシュオレンジのリップが取れかかった唇で鎖骨をゆっくりと愛撫した。ぞくりとする、この瞬間。女はいつだって愛撫がうまかった。女の唇は優しく触れたかと思えば、いきなり噛みつきもするし、ひどく気まぐれだった。それでも愛撫は愛撫であり、俺が世界中で一番愛すべき愛撫であった。俺が瞼を閉じて微かに息を漏らすと女は薄く笑って、それから付けた痣を自慢げに舐めた。俺がどんなに女の愛撫を気に入っているかを熟知しての行動に違いなく、優位に立っていないと気が済まない俺には少しばかり腹立たしいものだった。俺が腹いせの意味も込めて女のキャミソールの下に手を突っ込んで、パチンとホックを外すと、女はようやく観念したように愛撫を止めて、回していた両腕をほどいた。ブラウスを下から捲り、女の頭を通過させて床に落とすと、黒地のキャミソールの下に、外されたホックのせいで浮かび上がったブラジャーが窮屈そうに主張しているので、考えた末に片方ずつ肩ひもを外し、キャミソールの下からソレを抜き取った。黄地に暖色の糸で所々細かく刺繍がなされているソレは女によく似合っていそうだったが、抜き取られ、床に放られたソレを再度付け直すのはさすがに面倒だ。キャミソールのみとなった女の上半身を、俺は執拗に撫でた。胸の丸みを指先でなぞると女は小さく息を吐く。突起の周りをぐるり、と人差し指の腹で一周すると、女の唇と唇の間から、あ、と音が漏れた。腰が揺れ、女は目で訴える。早く、早く。俺はキャミソールの上からでも完全に位置の分かるようになった突起を親指で弾いた。途端、びくん、と女のからだは跳ね、少し赤らんだ頬を俺の胸に付けた。左手で胸に寄せられた女の頭を撫でると、女は赤い舌を出して、俺のシャツの上から一回だけ突起を舐めた。女ほど乳首に対して性感帯があるわけじゃないが不意打ちだったソレに、俺は思わず、う、と唸った。女が白い歯を覗かせてにっこりと笑うので、俺は苦笑しながら、女の額を人差し指で軽く弾いた。続けてwestwood outfittersのスキニーパンツに手をかけると、女は俺の手をのけ、その細い指でボタンを外し、チャックをゆっくりと下ろし、ウエスト部分を太もも付近までずり下げた。それから流れ作業の一環のように、右足を上げて足首から静かに抜き、さらに左足を上げて、手で裾を引き抜く。ジーンズ生地の重たい音は床へと落ちて行った。
「スキニーはね、脱がせるの大変なんだって」
女は笑う。スプラッシュオレンジのリップがもう完全に取れてしまったその唇で。俺の唇や鎖骨のあたりに移動してしまったリップを思うと、まるで目の前の女と一体化を果たしたようで少し嬉しくなった。俺はカッターシャツだけを脱いで女をベッドへと引き寄せる。女も素直に従って、シーツに埋もれた。香水の香りがする、と言ってシーツに顔をうずめるので俺は女の細く、柔らかい髪の毛を梳いた。ショートカットのソレはすぐに俺の指先から離れ、アリュールの香りが残ったシーツに触れる。物足りなさを和らげようと、俺は一連の流れを繰り返す。女の髪から香る、シャンプーの香りと、シーツについたアリュールが交差していく。それを何度も繰り返すうちに二つの香りは融合してしまったように感じた。何度も、何度も、梳いては戻り、梳いては戻り。同じことを繰り返していると、時間の流れまで同じように行ったり来たりを繰り返しているんじゃないだろうかと感じてしまう時がある。今がまさにそんな状態だった。同じ時間が何度も、何度も、俺と女の周りを回っていく気がする。それは始まりも無ければ、終わりも存在しない永続性を含んでいた。さすがにそれでは、明日の大会で美技を振りまけないのでやっぱりこの考えはお預けにしておこうと思い、ふとシーツに埋まったままの女を覗くと、女は気持ちよさげに眼を瞑っている。このまま寝てしまいそうな気がしたが、なぜだか起こすのももったいない気がした。俺らしくないと言えばそうかもしれない。無理矢理起こして、これから予想されゆく乱れた女の顔を悠々と見やるほうが、俺には合っているのかもしれなかった。だが、この、目の前で瞳を閉じ、互いの香りを肌で感じながら眠るという、すでにやることなすこと全て終わってしまったあとの、気だるいながらに幸せな雰囲気をぶち壊すほど、俺は盛っちゃいなかった。キャミソールにショーツだけの女と、上半身を裸にさせた自分を見やって、はぁ、とため息をつき、寝息を立て始めた女の横に、起こさないように静かに横になった。無造作に広げられたタオルケットを適当に引きよせ、女の腹あたりに適当にかぶせた。これで寝冷えの心配はないだろう。たいして眠くもない目を閉じ、隣の規則正しい寝息を聞きつつ俺も寝ようとしたが、明日の大会のイメージトレーニングをしそうになっている自分に気づき、なんだか女が目の前にいるのにもったいなく思えたので、やっぱり目を開けて女の、柔らかく円を描くショートカットの毛先に指を入れ、くるくると巻きつけて遊んだ。最初に女が俺にしたのと同じだった。案外抜け出せなくなりそうだった。くるくる、くるくる、指先は回る。指を引き抜くと、毛先はくるりとカールし、女の顔にかかった。女は擽ったそうにして、少し、俺に肩を寄せた。時計の秒針の音がよく聞こえるほどに静かだった。俺はあとどれくらい、この秒針が回る音を聞きながら、女の毛先をくるくるとカールさせていくのだろうか。




end.


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