本棚2

□心友!
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「シンタロー!大丈夫だらぁか!?」

「お、おう…」


アラシヤマの様子を気にしながらも立ち上がったところに、トットリとミヤギが駆け寄ってきた。


「アラシヤマ、いぎなし強かったんだべなぁ。…だども…流石にやり過ぎだっぺや、シンタロー」

「…そうだな」


アラシヤマは、頭を狙っていたとは言え所詮これは訓練であることを十分に承知した上で、力を加減していたのだろう。だがシンタローは何の加減も無しに技を見舞った。
それがアラシヤマがシンタローに押しきられた最大の理由であることは、シンタロー自身が一番良く理解していることであった。


「今月の救護当番は誰か!」

「あ、ハイッ!!俺…です」

「シンタローか。動けるようならアラシヤマを医務室へ連れて行ってやれ」

「っ、ハイッ」


慌ててアラシヤマの所に走っていくと、丁度コージに支えられて立ち上がるところだった。
頭に宛がわれたタオルが真っ赤に染まっていて痛々しい。


「…あの、ワテ一人で行けますよって…」

「そがぁな怪我で何を言うちょる。大人しゅう連れて行って貰え」

「今日はドクター出張でいねェんだよ。一人じゃ無理だろ、それ。手当てしてやっから来い」

「へえ…。ほな、よろしゅう頼んます…」


そう言って、アラシヤマは少し怯えたようにシンタローの方を見やった。

ついさっきまであんな冷たい殺気を放っていた男と同一人物とは到底思え無いような顔。
一年前の記憶と重なる、オドオドとした態度が無性に癪に障る。

視線だけでアラシヤマに着いて来るように促したシンタローは、それから医務室まで一度も振り返ることをしなかった――。



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「…あの、シンタローはん…」

「何だヨ…」


手当ても仕上げに差し掛かった頃、アラシヤマが相変わらずの怯えたような態度で口を開いた。


「すんまへん…。やっぱり怒ってはりますやろか…?」


――意味が解らない。


寧ろアラシヤマの方こそ怒って当然なのに何故謝る必要があるのかと憤り、思わず包帯をきつく縛ってしまう。


「痛たっ、す、すんまへん…」

「謝んな!!」

「へえっ、あの、」

「お前なァ…。マジ意味解ンねぇぞ。あン時の殺気はどこ行った?こんな怪我させられて何で怒らねェんだよ!?訓練とは言え頭思いっきり蹴り飛ばされて、下手すりゃ死んでたかも知れねェのに!!」


そこまで一息で言ってしまうと、シンタローは気が抜けたように簡易ベッドに座らせたアラシヤマの隣にへたり込んだ。
興奮した所為で目頭が不意に熱くなって俯いてしまう。


「…すんまへん」

「だから謝んなって…ッ」


思わず見上げたアラシヤマは困ったような表情を浮かべていて。それを見た途端、遂に一筋の涙がシンタローの頬を滑った。

意味が解らないのはアラシヤマでなく、自分だ。一人で勝手に怒ったりした挙げ句に癇癪を起こすだなんて、全くどうかしている。


「わ、ちょ、どないしはったん」

「っうるせー!!見んな馬鹿!!」


手でぐいと目の下を擦る。
幸いそれ以上の涙は零れはしなかったが、気まずいのが嫌で精一杯の虚勢を張る。


「足、やっぱり痛むんどすか?」

「はあ!?何言ってんだお前」


いきなり虚を突かれて思わず間抜けな声が出た。


「やって、シンタローはんの歩き方…左足庇うとるみたいで何やおかしかったどすえ?」


言われてみればそんな気もする。
疲れが足に来てたんだろうと気にも留めなかったが、どこまで目敏いんだろうかこの男は。


「看させとくれやす。手当てのお礼や」

「え、待て、自分で出来るって!コラ!」


座っていたベッドから降りてシンタローの前に跪いたアラシヤマに、制止虚しく靴を脱がされてズボンの裾を捲り上げられる。


「ぃ…ッ」


アラシヤマの手が妙に冷たくて引っ込めかけた足に痛みが走り、シンタローは呻いた。
よくよく思い返せば無茶な飛び方をした際に軸にしていた方の足だ。


「ちょっと、我慢しててな」

「いだだだだっ!ちょっ、ホント痛ェって…!ゃめ…ッ」

「腫れも無いし軽く捻っただけみたいどす。…そんなみっともない声出しなや、シンタローはん」

「てっめ、マジ、ムカつく…!」


余りにも子供じみていたのだろうか、アラシヤマに苦笑された。
ばつが悪くて悪態をついてみたものの、これでは益々以て子供がするのと同じだ。


「テーピングで固定しておきますさかいに、無茶しはらんかったら明日の演習も大丈夫でっせ」

「…そ、か」


白いテーピングがアラシヤマの手によって巻かれていく。
その手際の良さを飽くこと無く眺めていたら、アラシヤマが手を止めて不思議そうに見上げてきた。


「なんどすか?」

「いや、何か慣れてんなと思って…」

「お師匠はんが厳しいお人やったさかいに、こんな事はしょっちゅうでしたんえ」

「あー…特戦の人、だっけ」


言いながらうっかり獅子舞に似た叔父の顔を思い出してしまい、眉間に皺を寄せる。


「まあ特戦クラスの人と修行してりゃ、あんな殺気にもならァな」

「…アレでまだマシになった方どす。あんな剥き出しの殺気、戦場へ出たらええ的や」

「…アラシヤマ?」


その声には、組手の際に聞いた冷たい響きが僅かに含まれていて。


「どうも、あかんのや。力の加減はどうにか出来るようになったんやけど、さっきみたいに手合わせってなったらどうしても…殺さなあかんて、思うてまう」

「殺さないと…って…」


その言葉に愕然とした。
シンタローとてガンマ団士官学校に在籍しているからにはある程度の――いずれ戦場で人を殺すことになるという――覚悟はある。

だがアラシヤマは、「殺さなければならない」と言った。

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