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□心友!
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(士官学校時代)


「げ」


シンタローは貼り出された掲示物の内容を目にした途端、その場で固まった。

翌日から山岳地帯で行われる行軍演習――そのペアとなるメンバーを告知するそれに、予想だにしなかった名前を見つけたからだ。


「アラシヤマ…ってアイツ謹慎してんじゃなかったのか!?」

「ああ、今日付けで謹慎解けるらしいっちゃよ」

「午後の実技訓練から参加してくっからって、さっき教官達がピリピリしてたべ」


当番でメンバー表の掲示をしていたトットリとミヤギが振り返って更に続ける。


「入学初日に校舎を全焼させるなんて、だらずけな事するからだっちゃ」

「教官達も、まぁた燃やされねか心配なんだっぺや」


それにしても、とシンタローは改めてて貼り出されたメンバー表を見て首をかしげた。


「なァ、これって総合成績順だろ?何で謹慎解けたばっかの奴が俺とペアなんだよ」


さすがにそこまで詳しくは聞いていないのか、トットリもミヤギも知らないと口を揃えた。

シンタローの総合成績は堂々の1位、メンバー表の一番上にもちろんその名がある。
だがそのすぐ下、順当に数えたならば総合成績2位である筈のその場所に何故かアラシヤマの名があった。


「学科の方は謹慎中でも何とかなりそーだが、実技はそうもいかねェだろ」

「まあ、どのみち今日の実技訓練でハッキリするっちゃよ」

「んだな。特異体質だか知らねっけども、どうせ学科だけの頭でっかちに決まってるっぺや!」

「…だと良いけどよォ」


その時、昼休憩の終了を告げるチャイムが鳴り渡り、シンタローは腑に落ちないまま訓練場へと向かった――。



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「次!シンタロー、アラシヤマ、前へ」


実技訓練は至ってシンプルな内容だった。
明日の演習でペアとなる相手と、互いの実力を測り合う意味での徒手空拳による試合形式の組手だ。

一組の訓練が行われている間、他の者はそれを見学していればいい。普段と比べれば格段に楽な訓練である。

だがシンタローの胸中は穏やかでは無かった。原因は今まさに自分の前に立つ男が放つ、殺気。


(俺にだけ、向けてやがるのか)


炎を発する特異体質だとは思えぬほどの冷たい殺気だ。他の候補生達と手合わせする時とは、質がまるで違う。


「始めッ」


教官の号令が訓練場に響く。

しかしシンタローは構えをとっただけで動かなかった。手の内が分からない相手なのだから、まず相手の出方を窺うのは定石だ。


「まあ、当然どすな」


一年ぶりに聞いたアラシヤマの声。その冷たさに、シンタローは肌が粟立つのを感じた。

最後に聞いた恨み節とは正反対に感情というものが全く籠っておらず、しかし倍増した殺気で全身が氷水を浴びせられたように小さく震える。


「ほな、」


アラシヤマが、構えた。
中国拳法だろうか。見たこともない型だ。


「…いきますえ?」


細い氷の刃が喉元の皮膚の上を滑る。
そんな気が、した――。



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「くっそ…!」


規定時間は10分。

すでに半分以上の時間が過ぎている頃だが、それでも見物している候補生達からすれば僅かな時間に過ぎないかもしれない。
しかしシンタローにはとてつもなく長い時間に感じられた。


(強い…)


今しがた喰らった手刀で切れた唇を片手で拭って構えをとり直した。
息が上がっている。

それはアラシヤマも同じだが、如何せんその落ちないスピードと正確さが厄介だった。


「は、総帥の、ご子息言うんは、伊達や無かったんどすなぁ」

「ケッ、うるせー、よ!!」


今度は自分から仕掛ける。

上体を低く沈めたまま一息で間合いを詰めると、一撃を警戒して前面をガードしたアラシヤマの目前で、跳ねた。


「しま…っ」

「でりゃっ!!」


頭上を飛び、空中で体を捻ってからアラシヤマの背後に着地する。
更にその勢いでもう一度地面を蹴り、右の拳を背中――肝臓の裏――目掛けて突き出した。


「ぐ…っ」

「避けんな、このっ」


拳は届きはしたが、アラシヤマが間一髪の所で前に飛んだために威力が半減した事が感じ取れた。

だがそれでも多少のダメージは与えられた筈だ。此方を向いて低い姿勢で着地したアラシヤマを逃すまいと、シンタローは更に一歩を踏み出す。


「っ、させへんで!」

「ぅおっ!?」


その足を横薙ぎに払われてバランスを崩す。上体が大きく泳いだ視界の端で、アラシヤマが跳ぶのが見えた。やられる――!


「く、っそがあああ!!」


そう感じたシンタローはバランスを崩したまま、無理矢理に体を捻りながら飛び上がった。

驚いたアラシヤマとほんの一瞬、視線がかち合う。
恐らく頭目掛けて回し蹴りを見舞おうとしていたアラシヤマとほぼ同じ体勢から、シンタローは蹴り出した足を振り切った。

ゴツ、と鈍い音がした様に思う。

技はシンタローの方が数瞬出遅れたが、勢いとウェイトの差で押しきった足先はアラシヤマの横頭を綺麗に捉えた。

空中であったことも相まって場外まで吹き飛ばされたアラシヤマを横目で捉えながら、シンタローも結局不様に地面に落下する。


「それまでッ」


教官の号令だけが静まり返った訓練場に響いた。他の候補生達は皆一様に呆然として言葉も出ないような有り様で、唯々シンタローとアラシヤマを交互に眺めている。


「つ…、無茶苦茶どすなぁ…」


先に起き上がったのはアラシヤマの方だった。その声で我にかえったかのようにシンタローもノロノロと体を起こす。


「ぁ痛た…、わ、切れてるやん」


アラシヤマの頭から髪を伝ってポタポタと滴るほどに血が流れているのが、シンタローからも見えた。
流石の出血量に、教官が少し慌てた様子で傷を確認してやっている。

その頃には候補生達もようやく我に還り、訓練場は俄に騒々しくなった。

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