本棚2

□バースデイ
1ページ/3ページ

(過去、2011年ルザ誕)


「ルーザー兄貴」


それはハーレムのほんの気まぐれだったとしか言い様が無い。

遠征から帰り着いた本部の通路でルーザーを見付けたのは偶然だった。
普段ならばこちらから声など掛けはしないが、今日に限って次兄を呼び止めたのは単純に当人の誕生日であることを思い出しただけで、本当に気まぐれだったのだ。





「今日誕生日だろ?ま、一応祝っとく…って、何だよこの手は」

「や、熱でもあるのかと」

「ば…ッ、ねェよ!!」


別にルーザーはふざけている訳ではない。
真面目と言うか何と言うか、善悪の区別がつかないこの次兄はこれで素なのだから畏れ入る。

今だって悪びれる風もなく、しかも真剣な顔で額に手のひらを押し付けられて、何故かハーレムの方が慌ててしまった。


「少し熱いよ?見たところ遠征帰りみたいだし、丁度良いから診てあげようね」

「うわっ?!ちょ、いらねェって!!」

「駄目駄目、病気になってからじゃ遅いんだよハーレム」


そのまま腕を引かれ、有無を言わさずルーザーの私室にまで連れて行かれる。

研究室を兼ねた執務部屋を素通りして奥にある寝室にまでハーレムを引っ張ってきたルーザーは、「さあ横になって」と穏やかな口調らしからぬ力強さでハーレムの体をベッドへと放った。

上質なベッドのスプリングに受け止められたものの、いきなりのことに頭も体も着いていける筈がない。
そこに、ルーザーの手が伸びてくる。


「な…っ、何だよ!?」

「脱がさなきゃ診れないだろう?」


そう言って笑うルーザーの顔には「仕様が無い弟だ」と書いてあるようで。ここまで来ると最早諦めるしかない。
結局、ハーレムは大人しく身を委ねることにしたのだった。





「…傷があるね」


上着を全て脱がされ、触診のくすぐったさに耐えながらうつ伏せに転がされた時に"それ"を見付けられて、ハーレムは己の心臓が跳ねるのを感じた。


(やべェ、忘れてた…!)


肉薄してきた敵兵のナイフをギリギリでかわしつつ止めを刺した時のもので、背中、と言うより腰の辺りを真一文字に走る、細い紅糸のような傷跡。

2、3日もすれば消えてしまうような極々浅いもので痛みもないからすっかり忘れていたが、ルーザーに見付けられてしまったのは流石に不味い。


「ぁ、あのっ…これは…!」

「言い訳はみっともないよ、ハーレム」


冷たい口調でピシャリと撥ね付けられ、ハーレムは思わず首を竦めた。


「軍人が背中に傷を負うなんてね」

「…ッ」


悔しいが、その通りである。

浅かろうと何だろうと、戦場に慣れてきたという油断が招いた恥ずべき傷だ。
叱られるのを覚悟してシーツを握りしめたハーレムだったが、次の瞬間存外に優しく頭を撫でられて目を見張った。


「もし深く斬られていたら、背骨を傷付けているところだよ。無事で良かった」

「あ…」

「同じ失敗はしないね?ハーレムは、この僕の弟なんだから」

「ん…っ」


この手はかつて幼いハーレムが大切にしていた小鳥を奪ったことがある。しかし優しく触れてくるのもまた、同じルーザーの手。

小さい頃は訳が分からず恐ろしかったが、善悪の区別がつかないのだと理解してからはただ可哀想だと思った。
良く言えば、ルーザーは純粋過ぎるのだ。



だからだろうか。


そんな次兄に、惹かれてしまうのは――…



「ぅア…ッ?!」


ぼんやりとしていたら、腰の傷の上をヌルリと這う舌の感触にハーレムは文字通り飛び上がった。


「あ、痛かった?」

「痛かねェけどびっくりすンだろ?!」

「何処の馬の骨とも知れない奴に可愛い弟を傷付けられたんだ、消毒しないとね」

「ぎゃあっ!!やめっ、やめろよ兄貴、くすぐってェッ!!」


チロチロと間断無く這わされる舌の感覚に、実のところくすぐったさ以外のものを覚えてハーレムは身を捩って抵抗する。

しかし見透かしたようなルーザーに背中から押さえ込まれ、せめて見られないようにと顔を枕に伏せた。


「可愛いハーレム。どうして顔を隠すのかな?ちゃんと見せて、ホラ」

「ひゃ…っ」


髪の隙間から覗いていた耳を食まれ、上擦った声があがるのを止められない。
口を塞ごうにも肩を抑えられて腕を動かせず、ルーザーにされるがままになっていた。でも、少しも嫌ではない。

そんなハーレムが振り返ろうとする素振りを見せると、意を汲んだルーザーがスッと抑えを解いた。


「ルーザー、あにき…」

「うん。やっぱり可愛いね、ハーレムは」


無防備だった頬に、肩越しにキスが降る。
軽く音を立てて離れていった唇に見惚れている暇もなく再び体ごと仰向かされたハーレムは、これから与えられるであろう悦を思って小さく身震いした。


「お祝いの言葉のお礼に今日は沢山気持ち良くしてあげる。いつもより良い声、聞かせてくれるかな?」


――それが何よりのプレゼントだよ


耳元で低く囁かれた言葉に、早くも溶かされるかのようだった。

_
次へ

[戻る]
[TOPへ]

[しおり]






カスタマイズ