本棚2
□≒(near equal)
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「何に、怯えている?」
「そんなこと…無ェ…」
それは勿論、嘘。
「では、俺を通して…誰を見ている?」
「…分かってて聞いてんなら、相当な悪趣味だなお前…」
2つの質問の答えはどちらも同じ。
つまり、最初から見透かされていたのだ。そこに思い至ってハーレムは自嘲に唇を歪めた。
なら、もう隠す必要も無い。
「ガキの頃の嫌な夢を見てな。それでルーザー兄貴にそっくりなお前と今日偶然会って、気分が悪くなった。我ながら馬鹿馬鹿しい理由だろ?」
そう言い放つハーレムをキンタローは表情一つ変えずに見つめていたが、やがて静かに口を開いた。
「馬鹿馬鹿しくなどない。気付いていないのか?ハーレム」
「あ…?」
つい先程振り払った手が、また眼前に延びてくる。その指が掬ったものは。
「涙を流すほど、辛いか」
「――…ッ?!」
「…アンタに涙を流させるほど、父との記憶は辛いものなのか?」
「ち、が……そうじゃ、ねェ…!」
そう、違う。
だが、どう違うのかを上手く言葉にすることが出来なかった。
第一そんなことが出来ていたなら、ハーレムがルーザーに対して抱いている「感情」にも早々に答えが出ている筈だった。
次第に思考が混乱の渦に呑み込まれていく。
恐怖と憧憬
真逆の感情
もしそこに憎悪があったなら、それもまた裏返しになっていたのだろうか。
憎悪の、裏返しは…――?
「―――ム、…ハーレム!!」
「ぁ…、…ッ」
突然肩を揺さぶられ現実に引き戻されれば、目の前に膝を折って視線を合わせたキンタローの慌てたような顔があって。
知らず知らずの内に息を詰めてしまっていた肺が、酸素を求めて悲鳴を上げた。
「ぅく…っ、は、あ…!」
「ゆっくりでいい、呼吸に集中しろ」
とにかく、苦しくて。
身体を掻き抱くようにして、一つ呼吸をする度に涙が溢れた。
キンタローが背中を擦るのに合わせて、言われた通り息をすることだけに集中する。
「すまない…」
「なン、で…あやまる…」
漸く呼吸が落ち着いてきた頃、キンタローがポツリと呟いた。
まだ少し息苦しさはあるものの、背中を擦る手の暖かさが今は心地良い。
「まさかここまで過剰に反応するとは、思ってもみなかった」
「…俺も思ってなかったっつーの…」
ハーレム自身、思わぬ体の反応に驚きを隠せないでいる。だが、それが逆に落ち着きを取り戻させた。
傍らで項垂れているキンタローの頭をそっと撫でてやる。
「お前も、色々抱えてンだろ?ココに…」
トン、と。人差し指でキンタローの心臓の真上辺りを小突く。
弾かれたように顔を上げたキンタローと視線がかち合った。まるで、迷子になった子供のような表情。
――ああ…似ている
ルーザーに、ではなく。
内包する感情が、多分、自分と。
「ハ…レム…?」
気が付けば、腕の中に抱き寄せていた。
戸惑ったような声をあげるキンタローに構わずその頭に頬を寄せれば、コロンの香りにふわりと鼻をくすぐられる。
「いー匂いだなァ」
「…ハーレム、よせ」
「ヤだね…」
「ハーレム…ッ」
バランスを崩してもたれ掛かるような格好になったキンタローを、ハーレムはひたすらに只、抱き締めた。
一旦は止まっていた涙が再び頬を伝う。
理屈では表せない。
この複雑に絡み合ってしまった感情は、最早理屈などでは表すことなど出来はしない。
「キンタロー…。俺、は」
だからこそ、惹かれる。
この腕の中の存在に。
受け継がれた魂に。
「もしか、すると」
そこで言葉を切った。
しかし、確信めいたものはある。
「…ハーレム。ひとつだけ、答えてくれ」
腕の中から抜け出したキンタローが、覆い被さるように顔を覗き込んでくる。
青い瞳に、見透かされる。
「俺を…、父の代わりとするか?」
無言で、ハーレムは首を横に振った。
似ていたから、惹かれた。
しかし代わりにするなど思ってもみなかったから。
もう、後戻りなんか出来なくたっていい。
すがるように腕を伸ばす。
その腕を取られ、今度は逆に痛いほど抱き締められた。
「…正直、代わりでも良かった。なのに…」
同じ人物――ルーザー、兄であり父である男――に惹かれた。
同じ感情――言い表せない程に複雑に絡まった――に、惹かれた。
「…馬ァ鹿。お前はお前だ、他の何者でも無ェよ」
「…そんな顔は、反則だハーレム」
「顔に惚れたんじゃねェだろ?」
「言ってろ…」
それからどちらともなく、唇を寄せ合った。
同じ想いで惹かれ合う。
似ているからこそ、求め合う。
そんな二人の間に在ったのはやはり言葉では表せない、しかし、愛に似た感情で――…。
≒(near equal)
「お前、好きな奴はいじめるタイプだな」
「…アンタにだけは言われたくない」