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□≒(near equal)
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(南国とPAPUWAの合間)


――久々に、昔の夢を見た。


まだ兄の腕に抱かれるほど小さかった頃の、しかしその幼い瞳に焼き付いた到底忘れる事など出来よう筈も無い光景をそのまま投影した夢。

兄の手で握り潰された小さな命。
張り付いた綺麗すぎる兄の笑顔。

だが刻み付けられた恐怖はやがて成長するにつれ、何故か憧憬にも似た感情へと形を変えていた。

余りにも純粋で絶対的な強さを目の当たりにし続けた刷り込みの結果なのか、それとも単に恐怖から目を逸らしたかっただけなのか。

ただ、少なくとも嫌悪は無い。

敵意を向けられていたなら如何様にも嫌いようがあっただろうが、自分を見るその眼差しはあくまでも優しく、真っ直ぐだったから。



詰まる所ハーレムは、未だ自分が亡き兄に、ルーザーに抱いている感情が何なのか解らないでいる。



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「いたのか、ハーレム叔父貴」

「いちゃ悪ィか」


遠征の成果報告の為に数ヶ月振りに立ち寄ったガンマ団本部。

その総帥室に続く廊下でキンタローと鉢合わせたハーレムは、不機嫌さを隠そうともせずに眉間に皺を寄せた。


「誰も悪い等とは言っていない。いいか、」

「あー、ハイハイ。分かったから」


この真面目な甥っ子には皮肉など通じない。
だから適当に受け流して、さっさとその場を去ろうとしたのだが。


「シンタローなら留守だぞ」

「はあ?!自分で呼びつけといて居ないたぁ、どういう了見だそりゃ」


わざわざ召還状まで叩き付けた癖に。

どうせまたやり過ぎだのなんだのと小言を言われるのは目に見えていたが、特戦が一個部隊としてガンマ団に所属している以上、総帥命令に従わない道理も無く。

なのにその主は居ないという総帥室の方向を睨み付けながら、ハーレムは悪態をついた。


「国連からの急な要請でな。連絡が間に合わなかったのなら、すまない」


そう素直に謝られてしまってはハーレムとしても立つ瀬がない。
しかし報告をすべき相手が不在では、さてどうしたものかと手元の分厚いファイルをもてあそぶ。


「俺で良ければ、報告を聞くが?」

「そこらの小さい部隊の報告書と違ぇよ。総帥サマ直々に決貰わねーと」

「それならば問題無い。シンタローから、留守の間の決裁権は一任されている」

「…お前が?」


これにはハーレムも驚いた。

キンタローは“生まれて”一年も経っていないのだ。
そのキンタローが総帥の留守を預かるまでに成長を遂げているとは。


「は。餓鬼の成長は早い、ってレベルじゃねェな。さすが、」



――ルーザー兄貴の息子だ



言いかけてゾッとした。

そうだ、似ている。

容姿だけでなくその立ち振舞いが、今朝、夢で見た姿にピタリと重なるのだ。
それほど、目の前に居るキンタローはルーザーとそっくりだった。

不味い時に会った、と思う。


「ハーレム叔父貴?」


言葉を切って急に黙り込んだハーレムを訝しがって掛けられた声に、はっとして意識を戻す。


「どうした?体調でも悪いのか?」

「…いや、何でもない」


自分は今、どんな顔をしているのだろうか。
とにかく早く報告を済ませてキンタローから離れたかった。



「何でもなくはないだろう。報告ついでに少し休んでいくといい、茶くらいは出す」

「…分かったよ」


ここで拒めば、キンタローに要らぬ不審を抱かせることになる。
プライドの高いハーレムにとってこれ以上の弱さをこの甥に晒すことは、何としても避けたかった。

着いて来るよう促され長い廊下を歩き出す。

後ろから眺めるその背中はやはりルーザーによく似ていて、自然と足取りが重くなるのを誤魔化すように、ハーレムは手元のファイルを確かめるフリをした――。



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「確かに聞いていた通り、やり過ぎだな」

「特戦に加減しろっつーのがそもそも無理な話なんだよ。それでも抑えたんだぞ一応!」


報告書を読み終えたキンタローが予想通りの反応をするのに辟易しながら、ハーレムは出された紅茶を一気に飲み干して捲し立てた。


「…まあいい、俺も説教をしろとまでは頼まれてないのでな。だが…」

「なん…だよ」


ファイルを置いたキンタローがデスクから立ち上がるのに一瞬怯む。
思わず目を逸らしてしまい、靴音が近付くにつれて背筋に冷たい汗が流れた。

ソファに腰掛けたハーレムの目の前に立つキンタローの足下だけが視界に入る。
顔を、上げることが出来ない。


「特戦部隊長ともあろう者が、体調管理を怠るのはどうかと思うぞ?」

「ッ、触るな!!」


体調を診るために顔を上げさせようとしたのだろう伸ばされたその手を、気が付けば振り払っていた。

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