本棚2

□怒らせないと決めた日
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(南国以前)


「隊長」


呼ばれて、揺り起こされる。

ぼんやりと目を開けると、ブリーフィングルームの天井が見えた。
鼻を掠めるアルコールの香りに、いつものように酒盛りをしていたことを思い出す。どうやら途中で眠ってしまったらしい。


「珍しいですね。隊長が酒宴の最中に熟睡なさるとは」

「ぁー…久々にデスクワークなんざしたからなァ…」


くあ、と欠伸をしながらソファから体を起こす。ロッドとGの姿は既に無く、マーカーだけが片付けのために居残っているようだ。

寝起きで定まらない視線をさ迷わせて時計を探し、文字盤の数字を見ると既に日付が変わって一時間が過ぎようとしている。


「んー…飲み足りねェ…」

「隊長が抱えているのが最後の一瓶です。朝にでも近くの港で調達しますから、今夜は我慢してください」

「いや、俺の部屋にあるし」

「…減りが早いと思えば。隊長の仕業でしたか」


明らかに「呆れた」といった表情がマーカーの顔に浮かぶ。
普段は感情を表に出さないのと整った顔とが相まって、その態度に無性に腹が立ってきた。


「よぉぉし、マーカーお前、付き合え。朝まで飲むぞォ」

「お断りします」

「隊長サマの命令だ」

「なっ、ちょ、」


有無を言わさず腕を掴んで思いっきり引っ張れば、自分の上に覆い被さるようにマーカーが倒れ込んできた。
ぶつかる寸前に空いた方の手をソファについて、体を支えたのは流石の反応の良さと言ったところか。

そのまま形の良い唇に吸い付けば、表情一つ変えずに薄く開いた歯列の隙間から舌を差し込まれた。

マーカーが飲んでいたであろう桂花陳酒の甘い香りが口内に広がり、アルコールとは別種の酔いが体に廻る。
暫く舌を絡ませ合い、お互いに少し息が苦しくなってきたところでどちらともなく唇を離した。


「は…、そういう誘いですか」

「まぁ、どっちでもイイぜ。つーか…両方?」


ニィ、と口角を上げて腕を掴んでいた手を離す。この際楽しめれば何でもいい。
抱えた瓶に僅かに残っていた酒をラッパで飲み下してから立ち上がった。


「オラ、隊長命令。部屋行くぞ」

「はあ…」

「ンだよ、ノリ悪ィなマーカー。カクテルぐれェなら作ってやっからよォ」

「そういう問題ではないのですが。いいから前を向いて歩いてください、フラついてますよ」


噛み合わない会話をしながらブリーフィングルームを後にする。

この気まぐれな誘いが災難を招くことになろうとは、ほろ酔いの頭では気付く由もなかった――。



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「隊長…これ以上は…」

「まァーだイケるだろ、マーカーよォ。ほれ、次は何作るよ?」

「いい加減にしてください。さっきから…なぜこんな強いカクテル、ばかり」


それは完璧に酔ったマーカーが見てみたかったからだ。
正直、自分も同じペースで飲んでいるので手元が流石に覚束無いが。


「え、強いカクテルがいいって?じゃあ次はルシアンなー」

「な…ッ!!」


口当たりの良さとは裏腹にアルコール度数が25%を越える、レディキラーの異名を持つそのカクテルの名にマーカーの表情が微かに歪んだのが分かった。

それを尻目にシェーカーを開けて適当に材料を放り込む。十五回ほど軽くステアすれば完成、と持ち上げようとした瞬間に背後からその腕を掴まれた。


「ッ…、あンだよ?」

「いい加減にしないと、怒りますよ?隊長」


穏やかな口調とは裏腹に、マーカーの指がギリギリと腕に食い込む。

だが抗議の声を上げる暇もなく、次の瞬間にはシェーカーを奪われ床に引き倒されていた。
大分回った酔いのせいで受け身もとれずに背を強かにぶつけ、息が詰まる。


「ぃ…ッて!何す、ン…ッあ?!」

「怒ると申し上げた筈ですが」

「ちょ、待て…ッ、ぅあア!!」


上からのし掛かられ、膝で股間を容赦無くグリグリと押し潰されて悲鳴のような声が出た。

止めさせようと伸ばした腕はしかし、更に蹴り上げるような強い刺激に虚しく空を切る。


「ぃぎっ、あ、あ゛!!」

「勃ってきていますよ、隊長。痛みすら快感に換えるとは中々マゾヒズムな性癖をお持ちですね」


そんな訳があるか!と言い返してやりたいのに、体はマーカーから与えられる刺激に耐えることで精一杯だ。
不規則なリズムで蹴り上げられるせいで呼吸すらままならない。

ヒヤリとした空気が下半身に触れ、気が付けばズボンも下着も取り払われていて思いっきり焦った。


「ま、マーカー…ッ、せめてベッドでヤれ…!な…?」


情けないことに声が上擦っているが気にしている余裕など無い。

それと言うのも、自分を見下ろすマーカーの目が完全に据わっているからだ。

この中国人は普段から怒らせるとロクなことが無く、酒でも飲ませれば少しは柔らかくなるかと思ったのだが…甘かった。
コイツ怒り上戸か、と気付いた今はもう既に後の祭り。


「それは、命令ですか?」

「お、おう…」

「では」

「ンなぁ?!」


肩に、担がれてしまった。
自分より細いくせにどこにそんな力が、と驚愕する間もなくスルリと尻を撫でられる感触に不覚にも体を震わせる。

そのまま部屋の隅にあるベッドまで軽々と運ばれて、あろうことか、投げられた。


「――ッ、てめっ、上司投げんじゃねェ!」


柔らかいスプリングに受け止められたものの、さすがの乱暴な扱いに怒りが込み上げる。
直ぐ様跳ね起きるが、酔ってフラつく頭では睨み付けるのが精々で。


「って無視かよオイ!」


ギシ、とベッドに上がってくるマーカーの目がヤバい。氷のようなとはよく言うが、冷たすぎて逆に火傷しそうなくらいの視線に、この自分が気圧されている。

緩く勃ち上がりかけてた筈の自身も、いつの間にか萎えてしまっていた。


「マーカ、ッ、んぐっ?!」

「少し、黙って頂けますか?」

「ン…ぅ―――ッ!!」


口を片手で塞がれ、折角起こした体をまたベッドに沈められる。

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