本棚2

□眠れぬ日々にピリオドを
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『早く見つけておくれよ、ハーレム』


ごめん、ルーザー兄貴
まだ見つけられないんだ


『早くしないと、朽ちてしまう』


待って!
もっとよく、探すから


『本当は見つけたくないんだろう?ハーレムは僕のことが嫌いだったものね』


違う、違う!
確かにアンタのことは怖いと思ってた

けど嫌いになんかなれなかった
強くて完璧で、憧れさえしてた


『ならあの時、どうして引き留めてくれなかったのかな』


死ぬ、なんて思いもしなかった
絶対に帰ってくると思ってた

アンタは何時だって、完璧だったんだから


『でも僕は死んだ』


そう…でも、遺体は見つからなかった
葬儀は空の棺で出した

俺は、ちゃんと送ってやりたかった
だから戦場へアンタを探しに行ったんだ


『なら、早く見つけて』


分かってる!
でも、見つからないんだ
どこを探しても




『じゃあ、お前を代わりに棺に入れてしまおう。サービスもそれを望んでいるよ』




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「―――ッ…ぁ…!」


ハーレムは掠れた悲鳴をあげて跳ね起きた。

この一ヶ月の間中、ずっと見続けてきたルーザーの夢。
自らが作り出した幻だと分かっていても囚われて抜け出せない。


「ハーレム?」

「ぁ…ぇ……?」


ふいにかけられた声にすぐには反応できず、のろのろと頭を巡らせる。
医務室のベッドに寝かされていたらしい自分の側には、心配そうな顔の長兄の姿があった。


「マジック兄貴…」


ほっとすると同時に、その青い瞳がまたあの幻を呼び起こす。
重なる次兄の影に気圧されて、喉元まで悲鳴が込み上げてくる。

呑まれるな。
そう自分に言い聞かせて悲鳴を押さえ込む間、マジックは静かに手を握り続けてくれた。
もう子供と呼べる歳でも無いのに、その暖かさにひどく安心する。


「…落ち着いたかい?」

「ん…」


呼吸が整うと、マジックはそっと手を離して頭を撫でてくれた。


「まだ横になっていなさい。じきに高松も戻ってくるから、もう一度診てもらおう」

「ずっと、ここに…?」


思いの外に掠れた声が出て、自分でも驚いた。


「まだ幾らも経っちゃいないよ。ほら、お水」


差し出されたコップを受け取ろうとするが指先が痺れていてうまく掴めない。
見かねたマジックが手を添え、ようやく少しだけ口に含んで嚥下する。

しかし繰り返した吐き戻しのせいで荒れた器官には水すら染み、結局僅かに喉を湿らせただけでコップから口を離した。


「ワリ…、も、いらねェ…」

「謝らんでいい。さあ、横になって。眠れなくとも少しは休まるだろう」


促されるままに再び体を横たえる。


「なあ、兄貴」

「うん?」

「ルーザー兄貴は確かに、あの戦場で死んだんだよな?」

「…ああ、そうだ」


遺体は見付からなかったが、砲撃の中心に居たという多くの目撃証言と爆心地に残された痕跡――血肉片――から、ルーザーは戦死したと結論付けられた。

詳細はハーレムも知らされていたし理解もしているつもりだったが、あの空の棺がルーザーの死を虚ろなものにしていった。

はじめはただ漠然と、何か新たに痕跡のようなものが見つかりはしないかと考えていただけだった。

だが、激戦区とは言えまだ18の自分が渡り合える程度の戦場で、あのルーザーが命を落としたなど次第に納得がいかなくなった。
空の棺が、更に理解を妨げた。

芽生えた疑心暗鬼があらぬ幻を生み、大した怪我などもしなかったことに反比例するように、内から蝕まれていく日々。

それを捩じ伏せるかのように秘石眼を力任せに乱用し、破壊の限りを尽くした。


「ルーザーは死んだ。それは変えようの無い事実だよ」


マジックの低い声が耳朶をうつ。


「あの子は裁かれることを望んでいた」

「サービスの、ことで?」

「そうだ。しかし私にはルーザーを裁く権利など無い。そしてあの子は、戦場に裁きを求めた」


何となく、分かってはいた。

サービスが右眼を抉ったことで半狂乱になった兄。落ち着きを取り戻したかと思えば、それまでは見たことも無かった罪悪感というものに満ちた表情をしていたから。


「じゃあ、ルーザー兄貴は、」


自ら死を選んだのか。
そう言おうとして、止めた。

どう言葉を選ぼうと、ルーザーは死んだのだ。それが事実、マジックもそう言ったではないか。


「結果まで含めて、それがルーザー自身の選んだ道だ。だからせめて、あの子の中では裁きに対する答えが出ていたんだと、私はそう思いたい」


マジックの一言一言が、ハーレムの中に沁みていく。


「遺された者が結果をどう受け止めるかは各人次第でもあるし、逝った者を想うことは悪いことではない。だが囚われてはいけないよ、ハーレム」


そっと頬を撫でられ、初めて自分が泣いていることに気付いた。


「…お前は幼い頃からルーザーを恐れていたね。だが、憧れもしていた。畏怖と憧憬、相反する二つの感情の狭間にありながら次第にルーザーに惹かれていった」


溢れる涙が止まらない。
呼吸に少しずつ嗚咽が混ざり出し、頬に触れるマジックの手をすがるように握る。
すると逆にその手を掴まれ、驚く暇もなく強い力で体ごと起こされ引き寄せられた。

腕に抱かれ、子供にするようにトントンと背を撫でられれば嗚咽はいよいよ酷くなるばかりで、せめてこれ以上泣き顔を見られまいと必死でしがみついた。


「失って初めて気付くこともあると言うが…。本当に不器用な人間だね、お前も。そしてルーザーも、皆、不器用な者ばかりだ…っ」


マジックの声も震えている。
泣いているのだろうか?

確かめることも出来ないまま、ハーレムは声をあげて泣き続けた。
それはルーザーが死んでから身の内に溜め込み続けた、一ヶ月分の慟哭だった――。

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