本棚2
□眠れぬ日々にピリオドを
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(過去、ルーザー死亡直後)
ルーザーが死んで、明日で一ヶ月になる。
積み上がった瓦礫の山の間をハーレムは歩いていた。
血と硝煙の臭いが鼻をつく。
『Eブロックの制圧完了を確認しました。帰投準備に入ります、船にお戻りください』
ヘッドセットから伝わってくる団員の声はどこか遠くから聞こえてくるようで現実味が無い。
結果など、どうでもいい。戦えれば、好きに暴れられれば、それで良かった。その筈だった。
風が砂と灰を巻き上げる。
この手をもって消し飛ばした街と、人間の成れの果て。
その光景に何の感情も持てず、ただ、ハーレムは空を見上げて立ち尽くした。
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「ルーザー兄さんの弔い合戦のつもりだったのかい?…酷い血の臭いだね」
―――吐き気がするよ。
報告の為にガンマ団本部に戻ると、廊下で会った弟にそう吐き捨てられた。
「弔い、なんかじゃない」
「ならマジック兄さんの為?ああ、それとも自分の為かな?好きだものね、血生臭い戦場が!」
違う。そう言いかけて震えた唇をハーレムは引き結んだ。
弔いの為、マジックの為、自分の為。
どれもが正解で、どれもが間違っているような気がした。
それ以上思考が纏まらない。
そういえばこの一ヶ月、ろくに睡眠を取っていなかったことを今さらのように思い出す。
「ルーザー兄さんより、ハーレムの方がよほど戦場が似合うよ」
そうかもしれない。
弟の言葉に知らず知らず、口角が上がる。
「何で、笑えるんだよッ」
「…ッ」
胸ぐらを掴まれ、叩き付けるように壁に押さえ付けられた。
弾みで髪紐がほどけて床に落ちる。
広がった髪からは微かに血と硝煙の臭いがした。
「そんなに戦場が好きなら、お前も…お前もそこで死ねばよかったんだ!!」
言ってしまってから、サービスは放心したようにハーレムから手を離した。
取り返しのつかない言葉。
それは刃となって、ハーレムの心中に深々と突き刺さった。
「サービス!」
「兄、さん…」
いつまで経っても報告に現れないハーレムを探しに来たのだろう。
廊下に響き渡ったサービスの言葉はマジックの耳にも届いたようだった。
「お前は、何を馬鹿なことを…っ」
振り上げられる腕にサービスが反射的に目を閉じる。
しかし、いくら待っても衝撃は来ない。
怪訝に思ったサービスがそっと目を開けると、意外な手がマジックの腕を制止するよう掴んでいた。
「離しなさい、ハーレム」
怒気を孕んだ声でそう言われてもハーレムは幼子のように首を横に振るだけで、頑として離そうとはしなかった。
「離しなさい!」
マジックは手を離させようと、振り上げた方とは逆の腕でハーレムの手を掴む。
その途端、マジックの動きが止まった。
驚いたようにハーレムの方を振り返るとほぼ同時に、腕の中に倒れ込んでくるその体を辛うじて受け止める。
「ハーレム!?」
マジックとサービス、双方の声が交わる。
受け止めたハーレムの体は異様なまでに冷たかった。まだ微かに意識はあるが、薄く開いた唇から漏れる呼吸は浅く、弱い。
ハーレムは、緊急に医務室へと運ばれた。
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「遠征に同行した団員達から証言が取れました。この一ヶ月の間、ハーレムは全くと言って良いほど睡眠を取っていないようです」
そう切り出してハーレムの点滴パックを交換しながら、高松は説明を続ける。
「食事も殆ど摂ってません。まあ、自発的にそうした訳では無いようですが」
「と、言うと?」
マジックはベッドに縫い止められたように深く眠るハーレムの額を撫でてやりながら、その続きを促す。
「血を採って調べましたが、眠れなかったのか睡眠薬を服用していた形跡があります。食事に関しても、口にはするものの後から吐き出してしまっていたようです」
「そんな状態で秘石眼の力を使い続けたのか、この子は…」
Eブロックは攻撃拠点のほぼ全てが、ごく短い期間で壊滅させられていた。
「睡眠不足と栄養失調からくる極度の虚脱状態で呼吸不全と不整脈も起こしかけていました。下手すりゃ死んでましたよ、サービスのお望み通りにね」
「高松」
「失礼、言葉が過ぎました。…サービスは相当動揺してましたんで、今は一眠りしてもらっています」
「そうか…」
無理もないだろう。
ルーザーに続いてハーレムまで失いかけたのだ。それも、止めの引き金を引いたのはサービス自身。
「ハーレムも今は薬で眠ってますが、恐らくすぐに起きてしまうでしょうね」
「こうなった原因が分からないからかね?」
「端的に言ってしまえば、そうです。精神的なもののようですから暫く目を離さないでください」
そのまま、高松は少しサービスの様子を見に行くと言って部屋を出て行った。
マジックは改めてハーレムの顔を見やる。
普段の様子からは想像もつかないほどに弱りきった弟。ルーザーの葬儀の直後、Eブロックに行かせてくれと頼みに来たときを思い出す。
あの時は、深く考えずに送り出してしまった。戦場に出ることでハーレムの気が紛れるならばと。
そしてそうすることでルーザーへの弔いになるのではないか、と。
しかしその結果がこれだ。
「つくづく懲りないな…私も」
もう、これ以上大切なものを失わぬよう…マジックは、眠るハーレムの手をそっと握った。
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