本棚1―1
□あまいあまい
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【特戦期】
コーヒーは苦いからって飲めない。
カフェオレにしてもまだ苦手。
そんなお子サマなリキッドが大好きな飲み物は、ミルク立てにして砂糖をふたつ放り込んだ甘ったるい、ココア。
「砂糖の塊じゃねェか」
そんなものよく飲めるな、と半ば感心しながら、ハーレムは貰いものの豪勢なティーカップ(趣味ではないが、壊れ難いので重宝している)に注いだ紅茶に口を付けた。
我ながら良い出来栄えの水色のそれは、無論砂糖など欠片も入っていないストレート。当然、リキッドは苦手な代物だ。
「これが我が家の味なンすから、これはこれでいいの!」
「我が家の味っつーか、ママの味だろ?いい加減乳離れしろよボーヤ」
ヒトゴロシが甘い甘いココアなんざお笑いにもなりゃしない。せめてチョコレート・リキュールならまだしも、とハーレムは溜息を吐いて些か乱暴にカップをソーサーに戻した。
その音に、怯えた幼子のように肩を竦ませるリキッドの様子が滑稽で。
そしてココアを好むような年頃のリキッドにヒトゴロシをさせていることが、ほんの少しだけ哀れだった。
(だからと言って手放すつもりは毛頭無いが)
「これで、いいンすよ」
「ママの味がか?」
「うん」
「はっ。やっぱどうしようもなくガキだな、お前は」
言葉尻が辛辣になったのは己自身が母というものを知らないからか、と思いかけてやめた。それこそどうしようもない。
「だって」
「だって?」
「これを忘れちゃったら、もう俺が俺じゃなく…っていうか俺がヒトだってことを忘れちゃうような気がして。だから」
これでいいの
そう言ってマグカップを大事そうに抱えたリキッドは笑った。目を奪われるほど純粋で、きれいな笑顔だった。
「なら、」
「あ」
身体を乗り出して、笑顔をかたち作る唇のその端をペロリと舐めてやった。
たったそれだけのことで舌の先が痺れそうなほどに甘い。
「これで、俺も忘れねェかもな」
ヒトであることを。
そうしたら隊長はケダモノです!だなんてのたまうものだから、それらしく、ケダモノらしく、今度は唇に噛み付くようなキスをくれてやった。
「どうせならコッチで覚えとけ」
リキッドの唇を軽く食みながらそう言えば、彼の喉がコクリと上下する。
これもヒトがヒトであるがゆえの、欲だ。
無言のまま擦り寄ってきたリキッドの腰に腕を回すと、ハーレムは声を殺して満足げにわらった。
【忘れさせやしねェよ】