本棚1―1

□ハニー、ハニー、ハニー!
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(特戦期、ホワイトデー)


「――ンじゃ、仕上げにかかれ。10分な」

『げ、隊長もリッちゃんも居ないのにそりゃキツいっしょー。せめてあと15分!』

「5分」

『減ってる?!減ってるよ?!』

「うっせーぞォ!無駄口叩いてる暇があるならさっさとやれや、お前らなら余裕だろ」

『はいはい分かりましたよっと。あ、まさかリッちゃんとお楽しみ中とかじゃないですよね?それならむしろゆっくり…』

「ロッドの次のボーナスは無し、と」

『ひどっ!!』


――そこで、ロッドとハーレムによる愉快な(?)会話は一旦終わった。

リキッドは司令室で指示を出しているハーレムの姿など、殆ど見たことが無い。
なんだか新鮮だな、と思いながらもその頼もしい大きな背中を先程からずっと飽くこと無く眺めていた。


「オイ、リキッド」

「え?ぁ、はぃ」


不意に名を呼ばれて返事をしたもののリキッドの声は所々が掠れていて、それを聞いて振り向いたハーレムが眉間に皺を寄せる。


「あー…やっぱ部屋戻って寝てろ」

「ヤです」


このやりとりをさっきからもう何回繰り返しただろう。

実は、リキッドは朝から高熱を出していて、とてもでは無いがロクに動けず今回の任務に参加出来ないでいる。
にも関わらず、こうして起き出してハーレムのそばに居続けているのは、参加出来なかった特戦としての任務を最後まで見届けたいという気持ちがあったからだ。

ただ、普段のハーレムならば体調が悪かろうと問答無用で戦場に放り出すか、邪魔になるからと司令室になど入れてもらえないかのどちらかだったに違いない。

それを(しぶしぶながらも)許してもらえたのは単純に、ハーレムの方に負い目があったからである。


「ったく夜はあんなに素直だったってのに、この頑固者」

「お、日付が変わった、今日はホワイトデーだから俺をやるよとかワケ分かんないこと言いながら、嫌だっつってんのにガッついてきたのは隊長でしょ。このケダモノ」


掠れた声ではあるがよどみ無くそう言い切ると、リキッドは座っていた本来ハーレム専用の執務椅子の背もたれに深く体重を預けた。
さすがに少し息切れがして、頬も心なしか先程よりも熱い。


「…あーあ、せっかくのホワイトデーなのにツいてない…」

「まあいいじゃねェか、休暇だと思って寝とけって」

「誰のせいだと思ってンすかァ…」

「…っ」


恨みがましく見上げながら呟くと、途端にハーレムが固まった。


「…?たいちょ?」

「…お前…頼むからその上目遣いはヤメろ」

「は?」


いまいち飲み込めずにキョトンとしていたら、ハーレムがガシガシと髪の毛を掻き回しながらそっぽを向き、直後にとんでもないことをのたまった。


「理性飛んでも知らねーぞっつってんだ!」

「はあアッ?!この期に及んでナニ盛ろうとしてんだよこの変態オヤジ!!」

「ンだとォ?!」

『あのー、お取込み中のトコ申し訳ないんですケド任務終わりまし…』

「「うるせぇ!!!!」」


タイミング良くか悪くか、開いた無線が疲れきったようなロッドの声を運んできた。

2人同時にそう叫んだものの、さすがにハーレムは部隊長としての仕事を忘れてはいなかったらしく、リキッドに背を向けると何がしかの指示を出し始める。
リキッドもさすがにそれ以上言葉を続けて邪魔をする気にはなれず、しかしカッとなったせいで余計に熱くなってしまった頭を持て余して、椅子の上で膝を抱えてしまった。


(…あつい…)


熱が上がってしまったのだろうか。そう意識した途端、一気に体がダルくなる。
任務終了というロッドの言葉もそれに拍車をかけたのかもしれない。


「オイ、あちィならコレ食え」

「へ…?うわ冷たっ」

「あっぶね、ちゃんと持てよ」


のろのろと顔を上げると、目の前にはスプーンの柄がはみ出した大きなマグカップ。
それを反射的に受け取ったリキッドだったが、予想に反した氷のような冷たさに思わず取り落としそうになり、ハーレムが慌てて支えて事なきを得た。


「コレ、なに…?」

「いーから食ってみろって」


促されてスプーンでカップの中身を掬ってみると、アイスでもシャーベットでもない不思議な手ごたえ。それを、リキッドはおそるおそる口に運ぶ。


「…はちみつヨーグルト?」


フワリと口内に広がった甘さは柔らかで、冷たさは熱で火照った体にすうっと馴染んでいく。それがとても心地よくて、リキッドはゆっくりと二口目を頬張った。


「俺様特製、蜂蜜フローズンヨーグルト」

「へー、うまいっすねー…って俺様特製ぃいい?!!!これっ、たたたっ隊長が?!作った?!何をっ?!えっ、何を作っ、えっっ??!!」

「…おー…新鮮な反応だなオイ」


ジロ、と睨まれて地雷を踏んでしまったらしいことは分かったものの、リキッドはそれどころではない。


あの!

ハーレムが!

自分のために!

食べ物を作った!


という、リキッドにとって天地が裂けるほどの一大事に等しい出来事を受け入れるのが精一杯で、頭が他のことに回らないのだ。


「リキッド」

「ンむっ?!」


だから。
キスすら、されるまで気付かない。


「ん、ンッ」


首の後ろに回されたハーレムの手のひらは、冷たいマグカップを持っていたせいで当然ひんやりとしていて、それが熱の高いリキッドには気持ちよく感じられた。


「なァ、リキッド」

「は…ぃ…?」


今の今までリキッドの口内を掻き回していた下を、唇の間からチロチロとのぞかせながらハーレムが悪戯を思い付いたように笑う。


「コレに使った蜂蜜、まだ余ってるんだわ」


ハーレムの言葉の意味する所は、つまり。
変態!と叫んでやっても良かったが、リキッドはコクリと頷いた。

熱のせいにしてしまえ――頭の片隅で思いながら、囁く。


「…ここじゃ、ヤです」

「りょーかい」


記憶が明確なのはそう言った時までで――…リキッドはこの後さらに3日程、寝込む羽目になるとはまだ知る由も無かったのである。


【ハニー、ハニー、ハニー!】

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