本棚1―1
□お楽しみは、あとで
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(特戦期、ハレ誕&バレンタイン)
「遅い、なァ…」
誰が、とは言わない。
そんなこと分かりきっているから。
ブリーフィングルームの壁に埋め込まれる形で備え付けられているデジタル時計に目をやりながら、リキッドはソファの上で大きく溜め息を吐いた。
明日、正確にはあと十数分で日付は2月14日になる。
それは世間ではヴァレンタイン・デイであり、ガンマ団内では言わずとも知れた高名な双子――ハーレムとサービスの誕生日だった。
「…あとちょっと、だ…」
普段ならば、団員は階級に依らず家族を大切にする現総帥の計らいで誕生日等の前後は休暇を貰える。
ハーレムが長として君臨する特戦部隊もその例外では無い、筈だったのだが。
「…オトナって面倒くさい」
どこから知れ渡ったものやらガンマ団のお得意様の一国の国家元首がそれを聞き付け、元々予定されていた単なる顔合わせ程度の会談が、急遽ささやかなパーティーになってしまった。
――少し遅くなる…そんな連絡があったのが
、今日の夕方のことだ。
『日付が変わるまでにはゼッテー戻るから』
『…ハイ』
『あ、てめ、信じてねェだろ?!』
『そんなこと、』
『ある。普段さんざっぱら約束破ってンだ、信じらんねーのも無理ねェよ。けどな、俺様が"ゼッテー"つったら絶対なんだよ。だから笑って待ってやがれ』
『…ッハイ!!』
そう言っていたのに。
リキッドは最早何度眺めたか分からぬ時計をもう一度見やり、既に14日があと数分の所にまで迫っていることを知ると、ソファの上に立てた己の膝の間に顔を埋めた。
ハーレムは絶対と言った。
日付が14日に変わるまであと数分。
耳に届くのは静かな空調の音と、自分の呼吸の音だけ。
泣きそうな、自分の呼吸の音だけ。
「…っ、」
目頭が熱くなって、そこにぷくりと水が溜まるのが分かる。
ああ、だめだ。
笑って待っていろと言われたけれど。
もうあとちょっとで、日付が。
「こらリキッドォ!!!!」
「ふえっ?!!!」
部屋中に響き渡るような声と共に、自動で開くはずの扉をこじ開けるようにして飛び込んで来たのは。
「た、いちょ…っ」
「おっま、この時間に何でテメェの部屋にいねェんだよ!?」
ギリセーフ――時計の方を見ながらハーレムがそう呟くのを余所に、リキッドはソファを蹴ってハーレムへと飛び付いていた。
「ハーレム隊長ッ!!」
「うおっ」
受け止めきれず、バランスを崩してその場に尻餅をついたハーレムの上から覆い被さるような格好になったリキッドは、それでもなお強く目の前の大きな体にしがみ付いた。
触れ合った所から伝わってくるハーレムの鼓動は少し速く、息もあまり整っていない。
きっと自室に居なかった自分を探し、急いでここに来てくれた――そこに思い至って、リキッドはポロポロと涙を溢した。
先程までの寂しさからでは無く、あふれるような、嬉しさから。
「リキッド」
胸に顔を埋めるようにしがみ付いていたリキッドの、その後ろ頭をそっとハーレムが撫でた。
「時計、見ろ」
言われてそろそろと顔を上げたリキッドの視線の先にあった時計。
文字盤にはゼロが4つ、並んでいた。
「っ誕生日、おめでと、ございます」
半ばしゃくりあげるように、切れ切れに。
何とか祝いの言葉を紡げた唇は、それ以上意味のある単語を紡ぐこと無くハーレムによって塞がれる。
呼吸すら奪われるような口付けを受けながら、涙で霞んだ視界の端で捉えたのはテーブルの上にちょこんと乗ったままの、プレゼントの小箱。
「…アレは、後のお楽しみだ」
「ッ…ぁ、は…!」
「今はテメーを寄越しやがれ…」
「ンぅ…っ」
息継ぎをする暇も与えられず、気が付けば服も乱され剥ぎ取られて。
いつもなら一応する抵抗も、今回ばかりはしようとすら思わなかった。
それくらい、熱に浮かされていた。
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