本棚1―1

□例えばこんな日常
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(原作完結後)


ちりん、という風鈴の涼しげな音が夕闇の空に溶けてゆく。

常夏のこの島に夏の風物詩など本来は不要だが、季節の行事を大切にする住人達のお陰でこないだから窓枠にぶら下がっているそれを仰ぎ見ながら、ハーレムは紫煙を燻らせていた。


「素麺茹で上がりましたよ隊ち…、あ、」

「でっけェ名札でも付けといてやろうか?」

「…もう!」


窓枠からひょっこりと顔を出した愛しの相方の小さな間違いをからかいつつ、煙草を携帯灰皿に放り込む。

「家ン中は禁煙っすから!」と息巻くリキッドを宥めすかして、日が落ちてからなら構わないという約束を取り付けたものの、結局ハーレムはいつも外に出て吸っていた。
窓枠の直ぐ下が、その定位置である。


「手ぇ洗ってきて下さいねー」

「おう」


腰を上げる際に「どっこらしょ」と喉まで出かかったのをグッと飲み込み――オッサンが益々オッサンくさくなったとソージを筆頭に散々からかわれた経緯がある――、ゆったりとした足取りで手を洗いに行ってから玄関の扉をくぐった。
途端、ふわりと麺つゆのいい香りが鼻をくすぐって食欲をそそる。


「ほら座って座って!」

「ハイハイ」


まるで子供扱いだがハーレムもすっかりそれに馴染み、促されるままにリキッドの隣に座ると、当たり前のように手を合わせて「いただきます」と言うまでになっている。
リキッドもハーレムに続いて唱和すると、いつも通りの2人の夕食の光景となった。






「――はー、食った食った。ごっそーさん」

「おそまつさまで。デザートに水餅冷えてますよ、直ぐに食います?」

「どうすっかねェ…」


テーブルの上を片付けているリキッドを何となく目で追っていたハーレムだったが、ふと沸き上がった悪戯心に突き動かされるままに腕を伸ばした。


「うわっ?!ちょ、何するンすか!」


無防備だったリキッドの腰に腕を回して引き寄せれば、丁度ハーレムの膝の上にストンと腰を下ろすことになる。
台布巾を片手にジタバタと暴れる様がどうにも子供っぽく、それがまた堪らなく愛しい。


「デザートはリッちゃんな」

「ぅえっ?!」

「…と思ったケドよ、お楽しみはやっぱ後に取っといた方がイイよなァ」


リキッドのうなじに鼻を寄せて、悪戯の仕上げと言わんばかりに軽く口付ける。
そこは汗ばんでいて少し塩っぽかったが、甘いような錯覚を起こさせるのはひとえに【愛】とやらの成せる技なのだろうか。


「ぎゃあっ!!な、ど、どっちにしろ俺食われるンじゃないすかっ!」

「嫌なのか?ん?」

「うぐ…っ」


耳元でそう囁いてやれば、途端に口ごもる。
全く、分かりやすい奴だなと笑いながらも解放してやると、飛び退いたリキッドの手から台布巾が飛んできた。


「デザート用意しますからソレでテーブル拭いといてくださいっ」

「お?リッちゃんを食わせてくれンのか?」

「水餅の方だっつのッ!!」

「顔赤いぞー」

「誰のせいだッッッ!!」


ほんのりと、上気した頬。
興奮したせいでか潤んだ目に溜まった涙は今にも零れ落ちそうで、からかい過ぎたかと幾分かの反省の気持ちも込めてササッとテーブルを拭き、台布巾を投げて返す。


「ほれ、拭いたぞ。デザートは?」

「ぷっ」

「…何でそこで笑うンだよ」

「いや…だって、っ、もーだめ、おっかしーンだもん!」


何が、と聞き返そうとした声はリキッドの笑い声にかき消されてしまった。
文字通りに腹を抱えて笑っているリキッドからは答えを期待出来そうに無いので、ハーレムは仕方なく理由を自分で考える。

――そして思い至った。


「嘘泣きか、今の!」

「んー…まあ本気半分演技半分っすケド。マジで食われるかもってヒヤヒヤしたし」


つまり、手伝わせたいが為に――ついでに食われないが為に――泣きそうな振りをした、と。


「小狡い真似するようになりやがって」

「誰かさんが所構わず盛ってくれるもンで」

「あア?何なら今すぐ盛ってやろうかァ?」

「ンな事したら俺、1週間はアンタの分の飯作らないっすから」


それに洗濯もしないし、とにかく何もしない――台布巾で手遊びしているリキッドにそう付け加えられて、ハーレムも黙るしかない。

別に今ここでリキッドを美味しく戴いても、後はパプワやソージの所に行けば済む話ではある。
しかし前者は何となく気が引けるし、後者は最高級の嫌みの嵐が待ち受けているに違い無かった。


「…もー、何て顔してるンすか。皺増えますよ?歳なんだし」


眉間の辺りを突っつかれてはたと我に返ると、目の前にリキッドの顔があった。


「歳ってゆーな。俺ァまだまだこれからだっつの」

「そっすね。それに、夜も…まだこれからっすよ?ね?」

「――は?…リキッ、ん、」


言葉の意味を計りかねて呆然としているところに触れた、リキッドの唇。
キスされたと認識する間もなく離れていったそれは、確かに笑みを形作っていて。


「お楽しみは、後に取っとく…ってか。いいぜェ、覚悟しとけよ?」


自分の唇を指でなぞりながら、ちゃっちゃとデザートの用意をし始めているリキッドの背にそう言葉を投げ掛ける。

リキッドは黙ったままだったがその耳は、ほんのりと赤く染まっていた――


(嗚呼、うまそうだ)



例えばこんな

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