本棚1―1

□しあわせの番人
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(原作完結後、2011年リッ誕)


「リキッドくん、お誕生日おめでとー」

「おめでとー」


賑やかな合唱が終わり、リキッドがろうそくの灯りを吹き消すと、ぱんっぱんっとクラッカーの音が鳴り響く。


「へへ…。みんな、ありがと!」


にこやかに笑って礼を述べるリキッドの隣で、ハーレムは眩しいものを見るように目を細めて眺めていた。



今日はリキッドの誕生日。
ハーレムはパプワ島に腰を据えてからは初参加となる、リキッドの「お誕生日会」だ。

パプワ一家の住まいに招かれ、その慎まやかな住居に入りきらない島の住人達が入れ替わり立ち替わり訪れてはリキッドを祝福していく。


(本当に、綺麗に笑いやがる…)


振る舞われた料理を摘まみながら、ハーレムは何とも言えない暖かな気分に些か戸惑っていた。
ガンマ団を束ねる青の一族として生まれ半世紀近くを戦いに生きてきたこの体は、まだ穏やかなこの島に慣れきっていないのだ。

リキッドから視線を外すと、前方に居たパプワと目があった。

元・完全無欠のお子サマは今や可愛らしい妻と彼の面影を色濃く写した息子を持つ、立派な青年に成長している。
豊かな黒髪を背に流すその姿は、甥・シンタローによく似ていた。


(いや、シンタローの方が似てるのか)


もう一人似た顔があるのを思い出しかけて、止めた。どうにもヤツだけは憎たらしいままだ。
それは多分――否、確実に――たった一人の弟を取られたからだろう。


「わっ、このケーキすっごい美味しい!」

「喜んで頂けて何よりですわあ☆」

「ボクとくり子ちゃんの合作なんだよ」


隣から聞こえてきた歓声に、パプワもハーレムもそちらに目をやった。
今年のケーキはメロンをふんだんに使った見た目に涼やかな逸品だ。


「すこし旬には早いのですけれど、甘ぁいメロンが採れましたの」

「ま、この島は何でもありに色んなもの採れるから材料には困らないね」

「でも、本当にすっごく美味しい。くり子ちゃんもソージくんも腕上げたなぁ」


すると幸せそうにケーキを頬張るリキッドの横で、くり子とソージが顔を見合わせてクスクスと笑った。


「だってさ、当たり前だよ」

「リキッドさまが私たちのお料理の先生ですもの。腕が上がらない筈ありませんわ。ねえ、パプワさま?」

「ああ、そうだな!」


あの、かつてはリキッドの料理にダメ出しばかりしていたパプワが太鼓判を押す。

屈託無く誉めそやされて、リキッドは頬どころか耳まで真っ赤にして照れているのが微笑ましい。

こっそり、その耳元で「俺に料理されんのも得意だよな」とからかう調子で呟くと、テーブルの下で思い切り太ももをつねられてハーレムは悲鳴を噛み殺す羽目になった。


「マーマ!ケーキ、もっと!」

「あらあら。マーマじゃなくてリキッドさまにお願いしなくちゃ」

「リキッド!ケーキ!」

「ちょうだい、は?」

「ちょーだい!」


パプワの膝の上でまだ幼い息子が懸命に言葉を操る様を、皆が笑顔で見守っている。
リキッドに取り分けて貰ったケーキを一生懸命に掻き込む姿に、何だか昔の自分を垣間見た気分だった。








「――リキッド?」


夜も更け、パプワが息子を寝かしつけてから暫くは静かで和やかな談笑が続いていたが、ふと肩に重みを感じてハーレムは驚いた。
くり子たちも一様に同じ反応をしている。

眠って、しまっているのだ。
ほんの少しだけ口にしていた祝い酒、あれくらいで酔いが回ったのだろうか。


「おい、リキッド…」

「寝かしといてあげなよ。何だかんだで今日は疲れたんだろうし」


どうせ明け方までお楽しみだったんだろうと暗に図星を突かれて、睨みとも苦笑ともつかない複雑な視線をソージに寄越す。


「まあ、私ったらちっとも気が付かなくて。ハーレムさま、後はお気になさらず、どうぞリキッドさまをお連れになって下さいな」


幸い、くり子は単なる気疲れと取ってくれたらしい。ただその隣に居たパプワは笑いを堪えていた。
これにはさしものハーレムもばつの悪さを覚えたものの、くり子が気付いていない手前、面と向かって文句も言えない。


「…じゃあ、お言葉に甘えてお暇するわ」


努めて平静を装いながらリキッドを横抱きにすると、ハーレムはそろり立ち上がった。





「ったく。折角のテメェの誕生日会だってのに寝ちまうとはな」

「きっとハーレムさまがお側に居て下さるから安心なさったのですわ。こんな風なリキッドさま、初めて見ましたもの」

「そう、なのか?」

「そうですの!」


パプワとソージを片付けに残し、玄関先に見送りに立ったくり子がハーレムの腕の中で眠りこけているリキッドを覗き込んで、悪戯っぽく笑う。

その表情に、不意に陰が射した。


「誕生日を。また一年年齢を重ねたことをこうしてお祝いするというのはもしかしたら、リキッドさまにとってとても残酷なことなのかもしれません」

「…かも、な。だがそれでもコイツは、毎年毎年馬鹿みてェに"ありがとう"って言うだろうさ。そういうヤツだ」

「ええ。私たち、いつまで経ってもリキッドさまに救われっぱなしですわね」

「違いねェ」


ありがとうなと小さく呟いてその無防備な頬に口付ける。くり子も厚意のキスの代わりにか、反対側の頬を白い指先でちょんと触れた。


「どうか、生ある限り大切になさってあげて下さいまし」

「いいや、おっ死んでからでも会いに来るぜェ?何せデタラメなこの島だ。毎年、盆にゃゾンビになって出てこれるしな」


まあ、と目を見開いたくり子が花のようにコロコロと笑う。つられてハーレムも笑みを溢した。


「でしたら、その時は氷をたくさん用意してお待ちしておりますわ。お体が腐ったりしてはリキッドさまも大変ですものね」

「何気にキツいことズバッと言うな…」


さすが、あのパプワの妻である。
容赦が無い。

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