本棚1―1

□confeito
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(特戦期、一万打企画)


金平糖かと思ったら、大間違いだ。


高松が面白半分で砂糖菓子に似せて作った所謂、媚薬。
但し只飲ませるだけでは効果は無く、酒と反応させて初めて絶大な悦を得られるというそれを、これまた面白半分に譲り受けたハーレムであったのだが。


(ンなもん使わなくても、よくよく考えりゃリッちゃん十分エロいしなァ)


何の悪ふざけか可愛らしい瓶に詰められたそれを手の中で玩びながら、ハーレムはつまらなさそうに新しい煙草を引っ張り出して火を着けた。


「しっかし、暇だねェ…」


一仕事終えて久々に本部に戻っては来たが当面出撃の予定は無い。
かと言って長兄の小言を聞き続けるのにもウンザリして、早々に停泊している艦に戻って来ていたハーレムだったが、部下の面々はそれぞれ外出してしまっていた。


「ありゃ?もう戻ってたンすか?」


この、リキッドを除いて。


「おう。可愛いリッちゃんの顔が早く見たくてな」

「ンな…っ!?」


ブリーフィングルームに現れたリキッドの手にはグラスに注いだオレンジジュースとDVDのパッケージ。
大方誰も居ない隙に、この部屋の大型モニタで大好きなネズミ映画でも観ようという腹積もりだったのだろう。
しかしこのくらいの睦言で狼狽えるとは全くもって、お子サマだ。


「どうした、座れよ」

「や…、でも、」

「別に獲って食いやしねェし、こんな時間から盛りゃしねェよ。モニタを私用で使うのは感心しねェが…まあ多目に見てやる」

「え…!やった!」


みるみる内に明るい表情になったリキッドが、嬉々としてプレーヤーを弄くり出すのを横目で眺めながら、ふと手の中にあるものを思い出した。


「おい」

「はい?…あ、やっぱダメとかは無しでお願いします…!」

「ばっか、ちげーよ。コレやる」

「へっ?わ、わわっ」


持っていた瓶を投げて寄越すと、それを危なっかしくキャッチしたリキッドが目を丸くして受け取った物を眺めていた。

中身は金平糖と味や見た目は変わらない媚薬だが、大量に摂取しないよう砂糖が殆どだという高松を――本来信じてはいけないが――信じよう。
第一リキッドが進んで飲酒する事も無いだろうから、ハーレムが酒を勧めない限りは今この場で食べさせても大丈夫だろう。

媚薬に溺れるリキッドというのも、それはそれで魅力的ではあったが…


(ま、いつでも啼かせられっしな)


瓶を見つめたまま動かなくなってしまったリキッドを尻目に、短くなった煙草を灰皿に押し付けソファにゴロリと横になる。


「あ、あのっ」

「んー?」

「えと、ありがと…ゴザイマス」

「別に礼なんていらねーよ、貰いモンだし。お子サマにゃピッタリだろ」


ガキじゃねェもん!と憤慨するリキッドを他所に、昼寝でもするかとゆるゆる目を閉じる。

そんな自分を気遣ってか、音量がごく絞られた映画の音楽を守歌代わりにしながら、ハーレムはいつしか夢の国の住人となっていた――…。



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「……ょう、隊長ってば」

「…ぁ…?」


軽く肩を揺すられて、意識が浮上した。
どうやらすっかり眠り込んでいたらしく直ぐには頭がスッキリしなかったが、一人映画鑑賞は終わったらしい。


「もー、やっと起きた!」

「ぐえっ、コラ何しやがる!」


腹の上にのし掛かられて、何だ何だと眉間に皺を作りながら体を起こす。
そうしたら床に膝をついたリキッドに屈託の無い笑顔で見つめ返されて、何と無く拍子抜けした。

構って欲しいのか。そう思い至ってポンポンと頭を撫でてやると、リキッドは益々嬉しそうな顔をした。
普段は軽いスキンシップすら照れて嫌がる癖に、たまにこうして甘えてくるところがいじらしいと言うか、何と言うか。


「…こーゆー時はキスで起こすモンだろ」

「えー?眠れる森の美女じゃなくて、野獣でしょ隊長は。ヤです」

「オマエなァ。…あ?ンだよ食って無かったのか、ソレ」


ふと見ると、テーブルの上に先程やった筈の金平糖――正確には媚薬だが――の瓶がそのまま置かれている。


「んー…何か一人で食べるの勿体無くて。でも、隊長起きたし、」


言いながら瓶の蓋を開けて爪の先程の大きさの粒を1つ取り出したリキッドは、それを何とハーレムの口許に差し出してきた。


「ハイ」

「…いらねーよ、ンな甘ったりィの」


それにその正体を知っているだけに、間違っても口にしたくない。
幸いにしてハーレムは好んで甘味を口にすることは無いから、断っても不自然にはならないだろう。しかし――…


「ンぅっ!?」


諦めてリキッドが自らの口に金平糖を放り込んだ、と思った次の瞬間。
あろうことかリキッドがそのまま抱き着いて口付けてきたのだ。

咄嗟の事で何も反応が出来ないまま、ぬる、という舌の感触と共に金平糖が口内に押し込まれ、顔を背けようにもガッチリ捕えられてしまって動けない。
そうこうしている内に、ついには金平糖――媚薬――を飲み下してしまった。


(やっべー、この匂い…)


フレーバーウォッカの微かな香草の香り。
瞬時に、不可解なリキッドの大胆行動にも合点がいった。


「ぶは!てめっ、酔ってンな?!」

「は、ア…、オレンジジュースで酔うわけないでしょおー?何言ってンすか、もー」


何とか引き剥がしたリキッドの顔をよくよく見てみれば、頬を紅潮させ、目も潤み、明らかに完璧な酔っ払いだ。

確か昨晩の宴会の後で出来合いの安いカクテル缶が何本か残っていた事を思い出し、大方このお子サマはスクリュードライバー辺りを間違えて飲んでしまったのだろうとあたりを付ける、が。


「ね、美味しかった?」

「味も何もあるかよ、無理矢理に飲み込ませやがって、…っ」


酔った勢いでまるで猫の仔のように擦り寄ってくるリキッドをやんわりと牽制しながらも、ハーレムは直ぐに起こった己の体の異変に眉をひそめた。


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