本棚1―1

□Voyage
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「こんなの、反則だっ!」

「あア?おもっクソ正攻法だろ」


短くなった煙草を携帯灰皿に放り込み、一歩、二歩とうつ向いたままのリキッドに近付くと、昔やってやったようにその頭をクシャクシャになるまで撫で回してやる。


「リキッド」


それでも顔を上げないリキッドに静かに呼び掛けながら手を離した。


「俺は…そうだな、この島に誓う。俺の残りの人生、お前に全部くれてやるよ。そばに居たい。居させてくれ」


思えば人生初のプロポーズというやつで。
やはり照れ臭いだのと四の五の言わずに、指輪くらい用意しておけばよかったかと僅かに後悔したが、直ぐにそんなことはどうでも良くなった。


「ン…ッ?!」


突然唇に触れた柔らかな感触。
それは、目の前に居るリキッドの――…


「…ん…」


――十年振り、だ

――相変わらず男のクセに柔らけーな

――舌入れたら怒るかねェ、さすがに


ともすれば押し倒してしまいそうになるのを堪えながら、いつまで経っても拙い口付けを受け入れそっとその肩を抱いた。

息をするのも忘れ、長い間ただ触れ合っていただけの唇がどちらともなく離れる。
月明かりに照らされたリキッドの顔は涙に濡れ、それはそれは、美しかった。


「…熱烈な返事も良いケドよ、聞かせてくれや…。お前の言葉で」


指の腹で濡れた唇を撫でれば、形の良いそれが微かに震えてうっすらと開く。
開いては閉じ、閉じては開き、懸命に言葉を選ぶ様すらいとおしい。


「俺、も…誓う…!隊長のそばに、いるって…!ずっとずっと、そば、に…ぃ…ッ」

「あーもー、泣くなよ…つっても無理か…。あとな、"隊長"ってのは止めろ」

「なン、で…?」

「何でってそりゃ…」


――名前で呼んでくれ、なんて


「…やっぱ何でもねェ」

「そン…ズルいっす!」


フイと顔を背けてはみたが、照れて赤くなってやしないかと内心焦る。
鼻をすすっているリキッドをチラと見やれば、その視線は真っ直ぐこちらに向けられていて焦りに拍車を掛けた。


「たいちょ…」

「………」

「ハーレム、隊長」


ピクリ、と。
片眉が上がったのが自分でも分かった。


「………ハー…レ、ム?」


――疑問系なのはこの際置いとこう

――いや、置いといたらダメか


「…もっかい」

「…ぇ、」


ソロソロと顔の方向をリキッドに戻し、目線を合わせて小さくそう呟いた。


「疑問系はナシ、だ。ちゃんと言え」

「ぅあ、あの、は………ハーレム……」

「声が小せェ。そんなんじゃ、戻ってアイツら全員の前で言わせっぞォ?」

「えええ、ヤダッ!…ゃ、嫌じゃない、ケド…って何言ってンだ俺!やだそんなの!」


恥ずかしさの余り、また目尻に涙が溜まってきたリキッド。
それを見てさすがにからかいが過ぎたかと、軽く音を立ててその水滴を舐め取りゆっくりと体を離した。


「ま…時間はタップリあるんだ、今日の所は勘弁してやるよ。…さァて、そろそろ戻ンねェと食いっぱぐれちまうな」

「え…」


クルリと背を向けて歩き出せばリキッドは不意の事で驚いたのか、その場に縫い止められたかの如く動けずにいるようだ。
しかし気に留める風でも無い様子を装って、先を歩く。


「食いっぱぐれても知らねェぞー?食欲旺盛な奴ばっか――」

「ハーレム」


ピタ、と足が止まった。
ゆっくり、ゆっくり、体ごと振り向いて。


「ハーレ、ム」

「…リキッド」


――来い


言葉には出さず、ただ両腕を広げた。
リキッドの体がフラりと前に傾いて、転びそうになりながらもこちらに向かって駆けてくるその姿が。


――嗚呼、なんて

――いとおしいんだろう


「ハーレム隊長!」


――って、オイ!!


「おまっ…!このタイミングで余計なモン付けるかフツー!?」

「あ。…つい癖で」


勢い良く腕の中に飛び込んできたリキッドの言葉に呆れながらも、苦しいと文句が上がるほど強く抱き締めた。
あたたかい、とても。


「リキッド」

「はい」

「愛してる」

「知ってます」

「…そォだな」

「俺も、愛してますよ」

「当たり前だろ」

「うっわ、俺様!」

「だって俺様だし」


ここまで来るのに、二十年近く。
二人の旅路は交わったり離れたりを繰返して、今やっと、ピタリと重なって。

鼻先が付くか付かないかの所で二人、クスクスと笑いながらそんな言葉を交わした。

もう離れることは無い。
そう誓い合った。今、この瞬間から――…


――俺たちは


幸せになるため、
この旅路を行く

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