本棚1―1

□好
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きって、たった一言


何となく気付いてはいたけれど
言われて初めて、分かったことがある



――ずっと確かめたかった

――隊長の本当の想いを

――それが今、やっと


「一旦、離してもらっていいすか…?…手」


そう言うと、何だか迷子の子供のような顔になってしまったハーレムが、力の篭ったままだった左手からゆっくりと力を抜いた。

リキッドはそれをやんわりと解き、反対に厚く包帯が巻かれた痛々しいハーレムの右腕をそっと取る。


「これの後に何となく、気付いてました」

「…そ、か」

「隊長の、眼。苦しそうで、辛そうで…、そして…泣きそうで。今だって迷子みたいな顔してる。…気付いてないでしょ」


小さく震えたハーレムの右の拳を両手でくるみ、リキッドは尚も続けた。


「この手で殴られンのはスゲー痛いけど…この中には、隊長が守りたいモンが一杯握り締められてるんだよね?」

「…オモチャを独占したがるガキと同じだ」

「違う。それならそんな眼はしないよ…。それに…死ぬかもしれないのに俺を庇ったりなんか、しない」


今度こそ、ハーレムの体がビクリと跳ねた。
構わず拳をくるむ手のひらに力を入れると、少し潤んだ青の瞳と視線が交わる。


「ねェ。俺を、好きって言ったのは何で?」

「…た、いせつ…だから」

「じゃあ大切なのは、どうして?」

「だから、それはお前が好きで…、あ…?」


ハーレムが余りにも素直に答えるものだから、リキッドは思わず頬を緩める。

堂々巡りするのは単純に理屈ばかりでは説明しきれないだろうからで、分かっていて少し意地悪をしてみた。
ささやかな仕返しとばかりに。


――そう…理屈じゃないんだ

――その想いは

――この、想いは


ううん、と唸っているハーレムが目を伏せた隙をついて、その体に正面から飛び込んでやった。


「ぅお…ッ!?」


突然の事にバランスを崩しかけるのを背中に回した腕で慌てて引き寄せて、少し乱れた長い髪の間から肩口に顔を埋める。


「ずっとずっと、確かめたかった」

「リキッ…ド…」

「隊長の、ホントの想い。隊長の言葉でこうしてちゃんと、聞きたかった」

「言葉、で…?」


おうむ返しに呟くハーレムがますます子供のようで、何だか可笑しい。
肩口に顔を寄せたまま、コクりと頷く。


「俺、ね。隊長にただ憧れてるだけだと思ってたんだ。憧れて、憧れて。そしてその先には何があるんだろう、って」


ハーレムの両腕が、さっきからずっと背中の辺りをさ迷っているのがまどろっこしい。
普段のように思い切りよく行動に移せないのは戸惑っているからか。あの、隊長が。


「…可笑しいよな、誘拐した張本人に憧れるなんてさ。だからマーカー達にも突っ込まれた。ナントカ症候群かもって」

「…ストックホルム症候群。平たく言や人質が監禁者の味方になっちまう心理状態の事だ。監禁状態から解放された人質はな、一転して犯人を酷く憎むようになる」

「そう、それ。…でも」


ハーレムの背中に回した腕に、ギュッと力を込めて。


「こうしてても怖くないし、全然憎くもない。殴られるのは嫌だけど、理由も無く殴らない隊長は嫌いじゃないよ…」

「オメーはホント、お人好しだなァ…」

「隊長だってそーじゃん。何で、俺なの?」

「さァ、何でかねェ…」

「あ…」


ハーレムのさ迷っていた両腕が、しっかりとリキッドの背中に回された。


「お前から抱き着いてきたクセに、なにを今さら驚いてんだよ」

「いや…優しい扱いも出来るんだなーって、なんだか意外で」

「ンっだよ、それ」

「自業自得でしょ。…って、ぅわっ!?」


クスクスと笑っていたら、突然肩を掴まれて引き剥がされて目を丸くする。


「…ッ…耳元で、ンなコトするな…!」


――わ…、隊長の顔ちょっと赤い

――ちょっと調子に乗りすぎたかな

――でも…何か可愛い…


「…それで?」

「はい?」

「返事は。確かめたかったのは、どうせ俺の想いってヤツだけじゃねェんだろ」

「あー…、そっすね…」


充分過ぎるほど真っ直ぐなのに、それを単純な"言葉"で表すことの出来なかったハーレムの、想い。
それをやっと確かめられた今、リキッドもまた漸く分かったことがあった。

そう。憧れの、その先にあったもの。

リキッドは、それがハーレムとはずれているかもしれないと感じてきた。
否、今ももしかしたらずれているのかもしれない。ほんの一時交わっているだけで、ピタリと重なってはいないかもしれない。

それでも今、胸にあるこの想いはもう――…


…――消せないから


「俺も隊長が、好きみたいです」


声が、少し上擦った。

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