本棚1―1
□歌
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歌が聴こえる
あこがれの、そのさきにあるのはなに?
まだよくわからない。けれど、
あれから六日目の朝、だったがリキッドにその実感は薄い。
「ぅ…、もー食えねー…」
用意された朝食は体調に合わせて少な目の膳だったが、半分ほど手を着けたところで胃が拒否してしまった。
はっきりと目が覚めたのは昨日の昼前。
一昨日の夜に一度意識が戻っていたらしいが、パニックを起こして薬でまた眠らされたということだった。だから、よく覚えていない。
まずは胃を慣らすためにと昼食に出されたスープに口をつけながら、診察に訪れたドクターからハーレムの無事を聞かされた時は何故か「ああ、やっぱり」と思った。
多分、あの隊長がどうにかなってしまう筈が無いと勝手に自分に言い聞かせていたからだと思う。
だけど、窓の外が少しずつ暗くなっていくのに比例するように不安が膨らんでいって夕飯も食べられず、結局ドクターや偶々様子を見に来ていたマーカーにワガママを言い、ハーレムの病室へと連れて行って貰った。
その時はまだ、会ってどうするかなんてことは考えていなくて。
だから眠っているハーレムの顔を見た瞬間、とにかく色んな感情がごっちゃになって声を詰まらせながら泣きに泣いた。
見舞いに訪れていた総帥にまで宥められ、落ち着いたと言うよりかは泣き疲れてしまって、気が付いたら夜が明けていたというのは何とも情けない。
「お膳、下げに行こっと」
そのままにしておいて良いと言われたものの少しでも体を動かしたいからとまたワガママを言えば、くれぐれも無理だけはしないよう言い含めながらもそれを許してくれたドクター。
少し困ったような顔をするのでどうしたのと尋ねれば、「ちょっと子供返りしてるみたいですね」とふんわり頭を撫でられた。
自分は一応まだ子供なのに、子供返りとはどういうことだろうか。
何だかよく分からなかったけれど心配無いと言っていたから、そうなのだろう。
「よ…っ」
装具で軽く固定されている右足に気を付けながら、足をベッドから下ろしてそおっと立ち上がる。
返却用に置いてくれてあるカートの所くらいまでなら、松葉杖を使わなくても行けるかどうかと暫し逡巡していると、ドアの向こうから足音が聞こえた気がして動きを止めた。
「やっほー!リッちゃん起きてるぅー?」
「だーかーら!ノックくらいしろよロッド!…あ、Gさんおはよーっス」
「………ん」
やって来たのはまあ予想通りの陽気なイタリア人。と、寡黙なドイツ人。
昨日来ていたマーカーもそうだったが、皆いつも通りに接してくれるから逆に安心することが出来た。
「え、何この扱いの差。ってかリッちゃんもう起き上がって大丈夫なワケ?」
「んー…正直まだちょっとダルいけど、無理しなけりゃ少しくらい動いても良いって」
「………この朝食は、もういいのか?」
「あ…。うん、あんま食べらンなくて…」
勿体無いけど、これからお膳下げに行くトコだったんだと申し訳無さそうにすれば、少しでも食べられるのなら大丈夫だろうとGが言ってくれた。
「じゃあさ、コレ俺が食べちゃって良い?」
「え、良い…のかな」
「………リキッドが食べた分を伝えておけば問題無いだろう」
「んじゃ、遠慮無くいただきまーす!」
言うが早いか、ベッドの反対側に腰掛けて朝食の残りをパクつき始めたロッドに、自然と顔がほころぶ。
「………少し掛かるだろうから、まだ座っているといい」
「ん、そーする」
ポスンとベッドに腰を下ろすと、何とも言えないような不思議そうな表情を浮かべたGと視線がかち合い、小首を傾げたら「寝癖がついている」と頭を撫でられた。
その手つきが昨日の高松とそっくりで、リキッドは思わず自分の手を頭にやって考え込む。
「……どうした」
「…なァ。俺、子供っぽい…?」
その問い掛け方自体が、既に子供のようだとは気付けなかった。
「そりゃリッちゃんまだ子供なんだし、子供っぽくて当たり前じゃない?」
「いやまあ…そうなんだけどさ。ドクターに、子供返りしてるって言われて…」
「………マーカーから聞いてはいたが、いつもよりも幼く見えることは確かだ。…たまに、だがな」
「じゃあ、俺、どっかおかしいの…?」
他の語彙が見つからない。
急に酷く不安になって、ロッドとGに泣きそうになりながら尋ねた。
――役に立たなくなってしまったら
――ココ、に
――特戦に居られなくなる
そう、思ったから。
たった三ヶ月。されど三ヶ月。
電磁波という特殊能力を持つ自分が、ハーレムの言うように【いきる】ことが出来る。
やっと、そう思えるような場所になってきていたのに。
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