本棚1―1

□高
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いのはプライドだけじゃなくて


飛び出してきたアイツの背中を見たときの
焦りようといったらなかった



「あ、ヤベ…」


カツン、と。
掴み損ねたカップが床へと落下した音に、ハーレムは何と無くばつが悪い思いをした。


「何やってんですかアンタ。重傷人なんですから少しは大人しくしてて下さいよ」

「…みず」

「診察が終われば胃が破裂するまででも飲んでいいですから、今は我慢なさい」


プラスチック製のカップにしておいて正解ですねとブツブツ文句を言いながらも、ベッドの上に体を起こしたハーレムの横に立って包帯を換えている高松の手付きには、一分の隙も無い。


――不便なモンだな、見えねェってのは


あれから、既に五日が経とうとしている。

担ぎ込まれた支部の医療施設で待機していた、高松をはじめとした医療スタッフ達から迅速な処置を受け、ハーレムが意識を取り戻したのは翌日になってからだった。

幸いにも命に関わる怪我では無かったが、頭を強打していた為か目覚めてから暫くは頭痛や目眩がひどく、会話すらままならなかった、らしい。余り覚えてはいないが。


「まだ少し息苦しそうですね、痛みます?」

「いや…」


爆発の衝撃で肺に少し傷が付いていたとのことだったが、それは治癒しつつある。
流石に、煙草は暫く自重するしか無さそうだが仕方ない。


「目は、どうです」

「ボヤーッとしたまま…だなァ。右は、うっすら見えっけど…」


最も危ぶまれていた目の方も眼球が損傷していたわけではなく、頭の視野を司る部位を強く打ったせいで神経が繋がらなくなった為、一時的に視力を失っているだけだと聞かされてホッとした。

初めは真っ暗だった左の視界も今は明暗くらいは判断がつくし、早ければ一、二週間で元通りになるという。


「回復傾向にはあるようですから、まだ暫く様子見ってトコですね。もう少し頭の熱が下がるまで冷やしときましょうか」


カリカリと、カルテにペンを走らせる音だけが暫く続いたが、不意にそれが止まった。

それきり動く気配の無い高松を訝しみ、顔をそちらに向けてみるがもちろんその表情など窺えず、何事かと軽く首を傾げる。


「そう…リキッドくん、なんですけどね」


高松にしては珍しく、歯切れが悪い。


「…アイツが、どうした」


リキッドに関してはハーレムも何度か報告を受けていた。

怪我らしい怪我は地面に打ち付けられた際に負った右足首の捻挫くらい――脱臼に近かったらしい――だったが、疲労が溜まっていたのか衰弱が激しく、昨日になって漸く意識を取り戻した、リキッド。

目が覚めた途端、真っ先に自分のことを聞いてきたと言うから苦笑せざるを得なかったのだが。


――何か、あったのか。


正直、嫌な心当たりは山ほどある。
このところ、あの子供にとって許容の限界を越えるような事が続いていたのだから。


「少々、幼児退行のような言動が見られます。口調が幼かったり、スプーンなどをこう、握って持っていたり。本人には自覚は無いようですがね」

「…壊れかけてるってことか?」

「いえ、逆ですよ。崩れかけた精神バランスを元に戻そうとしているんです。あれくらいなら、そう深刻なものでは無い」


成る程、リキッドの意外な心の強さはここでも遺憾無く発揮されているらしい。


「どちらかと言うと、問題があるのはアンタの方です。…あの子を殺す気ですか」

「ンな訳…」

「そんなつもりは無いと?はっきり言って今回の怪我よりも、ここ一ヶ月ほどのアンタの制裁の痕の方が余程酷かったんですよ。意識が戻るのが遅かったのはその所為だ」

「そう、か…。…そうだな…」


やり過ぎだとは薄々感付いてはいたが、医師である高松にこうまで言われると途端に深刻さが増す。

【大切】な、筈なのに。

強くなれと言っては傷付ける。
もっと強くなれば、生きられるから。


――もう失わずに済む、から


それは身勝手な願望で。
だがハーレムはそうするしかなかった。

大切だから仕舞い込んで、誰の目にも、手にも触れさせない――そんな【物】のような扱いを強いるほど破綻した性格では無い。

けれどある種束縛じみたことをしている自覚はあった。そんな矛盾から来る苛立ちを、心苦しさを。
リキッドは、意味までは解らずとも敏感に感じ取っていたのだ。

「眼が違う」と言われたのも道理。
見込みがあるからと厳しくしていた当初とは違い、制裁をかさに着たハーレム自身の勝手な理由で、酷く痛め付けていたのだから――…


「少し力を抜きなさいハーレム。また腕の傷が開きます」

「ッ…、俺は、」

「解ってますよ、アンタが不器用すぎるくらい不器用だってことは」

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