本棚1―1

□戦
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場に走る閃光


神サマ、これは試練ってヤツですか
でなけりゃこんなのって!


『――異常無ェか?』

「無い、です」


ざあざあとノイズ混じりの通信機越し、定期連絡の為の決まりきったやりとりを少し離れた所に居るハーレムと交わす。
N地区の中心部の方からは絶え間なく轟音や地響きが伝わってくるが、それも終息に向かいつつあった。


『あと十分もすりゃ仕上げにかかる。そろそろこっちに合流しろ』

「ハイ」


リキッド達はN地区の外れにある丘陵地から後方支援を行うことになっている。
丘陵、と言っても岩肌がむき出しの小さな丘だが、そんな所からですら全体が見渡せるほどN地区は小さかった。

頂上付近に居た隊長が自分を呼んだということは、麓の監視にあたっていた自分を巻き込まない為だろう。
彼の言う仕上げとはつまり、彼の周囲全てを薙ぎ払うことなのだ。

あの美しくも恐ろしい、秘石眼の力を以て。


―――……、


「…ん…?」


通信を終えて歩き出そうとしたリキッドの耳に、微かな音が聞こえた。
人の声のようだったが、周囲を見回しても岩ばかりで何も無い。


「隊長」

『――何だ』

「人の声、みたいなの聞こえたンすけど。そっちから何か見えます?」

『……いや。この周囲で人の動きは無ェ』


念のために再度通信を開いてハーレムにも確認して貰ったリキッドだったが、そう言われて気のせいだったかと首を捻った。


『俺らが着く前から潜んでたゲリラって可能性もあるが…そもそも隠れる場所も無ェしな。確かに聞こえたのか』

「一瞬だけ、ですけど」

『…まあいい、とにかくこっちに来い。どうせ全部ブッ飛ばすんだ』

「そう…ですね」

『警戒は怠るなよ』


プツ、と音を立てて切れた通信機。
普段であればガキだの未熟者だのと散々からかってくるのに、今日の隊長はどこかよそよそしい。
やはり一昨日の出来事に起因しているのかと思うと自然、足取りも重くなる。


――気付いてるんデショ?


昨日、ロッドにそう言われた。

ハーレムが拳を振り上げるとき、何故苦しそうな眼をするようになったのか。
何となくではあるが、リキッドは昨日のうちに気付いてしまっている。


「でも、俺は…」


自分から隊長に向けているものと、隊長から自分に向けられているものと。
それはほんの少し、ずれているのではないか。リキッドはそう感じていた。

ハーレムに無理矢理連れて来られ、突き落とされた戦場。言わば死の淵に立たせておいて、そこからリキッドを救ったのもまた、ハーレムだ。

生きろ、と彼は言う。
だけでなく、生きる術を叩き込み、電磁波という特殊能力を持つリキッドに居場所を与え、その居場所をハーレムが、守っている。

彼の言う生きろ、とは、【活きろ】だと。
そう思うのだ。

だからこそリキッドは、いわば誘拐犯であるハーレムを憎みきれないでいた。むしろ憧憬の念すら抱いていると言って良い。
それほどに、強い強いハーレムの生き様は、世間知らずのお坊っちゃまだったリキッドの目に鮮烈なものとして焼き付いた。


【憧れ】、その延長。


それが、リキッドがハーレムに抱く感情。
だからハーレムとは、ずれていると感じる。


――良くも悪くも子供、だな


マーカーはそう言って溜め息をついていた。
ストックホルム症候群だとか何とか、難しいことを教えてくれはしたが余り頭には入っていない。

何にせよ、リキッドは確かめたい。
憧れの延長、その先にあるものを。

ただ一昨日の、完全に欲を剥き出しにしたハーレムにされかかった事を思い返すと、足がすくんだ。
大丈夫と言い切り今回ばかりは逃げないと誓った手前、何でもない顔をしてハーレムと組みはしたが、恐ろしいものは恐ろしい。
例えあの行動がハーレムの本意では無かったとしても、まだまだ子供のリキッドにとっては流石に理解を越えている。


――でもとにかく、確かめなきゃ

――隊長の本当の感情を

――たとえ自分とは、ずれているとしても


何とか考えをまとめて顔を上げた先に、キラキラと風に躍る金の髪が見えた。


「…ハーレム隊長」


頂上の端に佇むハーレムがちらりとリキッドの方を振り返ったが、通信機に向かって何事かを二言三言発した後――多分、マーカー達の撤退が完了したのだろう――、ゆるゆると左腕を眼下に広がる荒れ果てた街へと向けた。


――きれい


そうとしか形容出来ない青い光が、その掲げた左手の先に集束していく。
そしてほんの瞬きひとつ分の合間に、それまで確かに在ったはずの小さな街が今、地図から消えた――。


「…ッ」

「――リキッド!!」

「たい、」

「馬鹿、後ろだ避けろ!!」

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