本棚1―1

□交
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錯してるように見えて、その実


手放したくないという、理想
手折ってしまいそうな、現実


面倒な、とハーレムは思う。

リキッドとの間に起きた一幕が、ではない。
確かにそれはそれでイライラしていたが、個人的な感情を任務に持ち込むほど愚かではなかった。

面倒なのは今回依頼された任務だ。


「特戦が出るまでも無ェだろうに…」


本部に居る長兄からもたらされたその任務は、単純な掃討作戦だった。

ハーレムたちが今居る国の内乱地区の一つが、戦端を開こうとしている。
他の内乱地区とも解放交渉にあたっている合衆国が、このまま放置すれば危険を招くと国連の介入を打診したが、奴らの腰は鉛みたいに重い。
よしんば動いたとしても、戦乱が広がってしまった後だろう。

この国全土が再び戦乱に巻き込まれるとまでは行かなくとも、少なくとも隣接している暫定自治区等は相当の被害が出る。
そうなる前に争いの芽を摘み取るべく、合衆国がガンマ団に依頼をして来たわけだ。

そこに偶々、特戦部隊が居た。
運の悪いことだ。


「内乱地区の住人に対する避難通達は出しておく。でも、ここで手を抜けば他の地区も一斉に武装蜂起する可能性があるからね、徹底的に頼むよ」


そう告げたマジックの眼は、底冷えしそうなほど青く冷たい光に満ちていた。
わざわざ支部まで置いて睨みを効かせていた覇王に、刃向かったのが運の尽きだと言わんばかりに。

合衆国からの依頼は「指導者の潜伏先の破壊及び反抗武装勢力の鎮圧」だったと言うから、「攻撃目標、全破壊」を掲げる特戦を出す意味は即ち――…


「見せしめ、か」


合衆国も黙認したからには相当手を焼いていたのだろう。「復興の為にはガンマ団も尽力は惜しまない」との一文を添えて、依頼の契約は成立した。

兄貴もよくやるよと思いつつ、自分もあまり変わらないかと取り出した煙草に火を着けたところに、漸く部下たちが戻ってきた。


「隊長。特戦部隊4名、ただ今戻りました」

「おう、説明するから適当に座れ。…相っ変わらず私服派手だなァ、ロッドは」

「いやん、隊長のお褒めに預かっちゃった」

「褒めてねェよ、チラついてウゼェから端っこ行け端っこ!」


他愛の無い会話に努めながら、視界の端に映るリキッドの姿を追う。
ラフな格好に身を包み、普段ワックスで固めている前髪を下ろしているせいか、実年齢よりもかなり幼く見えることに瞠目した。

こんな子供を力付くで犯そうとしたのかと、今更ながら胸が痛む。

それに先ほど受話器越しにリキッドの声を聞いた時も、正直驚いたのだ。
昨日の様子からして、暫くは自分と普通に受け答えなど出来ないだろうと、そう考えていたから。

用件だけさっさと伝えて通話を切った後で、せめて「悪かった」の一言なりでも言ってやれば良かったかと思ったりもしたが、生憎ハーレムは上手く【謝る】というスキルを持ち合わせてはいない。

イライラしているのは、そこだ。
【手放したくない】と認識してしまってから、リキッドに向けて抱えた様々な欲や感情といったものが複雑に絡み、ハーレム自身、収拾がつかなくなっていた。


――…まァ、任務終わってからにするか


多少暴れれば気分もスッキリしていい考えでも浮かぶだろうと、ハーレムは一旦私情を全て頭の隅に追いやった。


「任務は至って単純。交渉に応じず戦端を開こうとしているこの国の内乱地区のひとつ、N地区の掃討だ」

「N地区ぅ?あんな小さいトコ掃討するのに特戦使うンすかー?」

「文句ならマジック兄貴に言え。…ま、偶々特戦が駐留してたのが運の尽きだな。依頼主も事実上黙認した」

「合衆国が、ですか」


このマーカーの言葉で、その隣に座っていたリキッドの顔がハッキリと強張った。

己が父親の決断を非情と取ったか苦渋と取ったかは定かではないが、どちらにしろ任務の内容に変わりは無い。
余計なことは考えるなと釘を刺しておくべきか迷ったが、これまでも散々教えてきたのだ、敢えて口には出さないことにする。


――それに、だ。


「間を置かずに連戦になっちまったからな、配置を前後に分ける。後方はリキッドとマーカー、お前らが着け」

「え…、ぁ、…ハイ」

「私は納得しかねます」


後方支援は前線で取りこぼした者を始末するのが役割だが、特戦部隊においては事実上「傍観していろ」と言っているに等しい。
手傷を負っている二人のことを考えての配置だが、やはりと言うべきか、マーカーが噛み付いてきた。


「いくら小さい地区とは言え、前線がロッドとGだけでは無理がありませんか?」

「無理じゃねェ、前線には俺も出る」

「隊長のその右腕、昨日傷を縫合したばかりなのですがね」

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