本棚1―1

□良
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い子の味方です


ねえ笑ってよ
それだけで、救われる気がするんだ



暗く沈んだ意識の底でリキッドは、夢、のようなものを見ていた。

振り上げられる拳。
凄く痛くて、辛くて。そして悔しかった。

一方的に巻き込まれた理不尽さにではなく。
ただひたすら、己の不甲斐なさが悔しかったのだ。


ビビるなと言われては殴られた
(臆せば、死ぬのは自分)

情けをかけるなと言われては殴られた
(戦場では、命取りになる)

逃げるなと言われては殴られた
(その分だけ、仲間を危険に晒すから)


どれもこれも【生きる】ため。
そして長であるハーレムが特戦部隊の面々の【命を守る】ため。

至極、シンプルである。

与えられる痛みは凄く、凄く辛い。
けれど、その握り締められた手のひらの中にはハーレムが大事にしようとしているものがあるのだと、そう気付くまで大して時間は掛からなかった。
無論、その中にリキッド自身も含まれていることも。


――嗚呼それなのに隊長は。


何故あんな、苦しそうな眼をするようになったのだろう…――


「リッちゃん。リッちゃんてば、ねェ、起きた?おーい」

「…な…ン、で……たい、ちょ…」

「まだ意識がハッキリせんな、もう少し寝かせておいてやれ」


時折、おぼろ気に浮上した意識の隅でロッド達が話しているのが聞こえていた。


「………隊長は?」

「あれからずぅーっと自室にお籠り中ー。触らぬ神に祟り無し、ってね」


ハーレム隊長。
最近笑った顔を見た記憶が、無い。

連れてこられたばかりの頃はあんなに楽しそうに笑っていたっていうのに。
いい歳したオッサンが、それこそ、子供みたいに。


「たい、ちょぉ…」


途切れがちな意識の暗闇の中、何度もハーレムを呼んだ。

一度だけ、フワリと頭を撫でられる感触に夢見心地のまま手を伸ばしたが、指先は虚しく空を掴み、そのまま柔らかな毛布の上にポスンと落ちる。

あのハーレムが頭を撫でてくれるなど夢に決まっているではないか。
そう言い聞かせて閉じた目からは、涙が溢れて止まらなかった。



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「ぅー…ひっでェ顔…」


翌日。昼近くになって漸く目が覚めたリキッドは、自室に据えられた簡易洗面台の鏡に向かってそう呟いた。

体はまだあちこち痛むが動けない程ではなく、久々に誰からも叩き起こされずにゆっくりと寝ていたお陰か、幾分頭もスッキリしている。
ただ、昨日から泣きっぱなしだった目はまるでウサギのように充血して瞼も腫れ上がり、みっともないことこの上ない。


「やっほー!リッちゃん起きてるぅー?」

「わっ、ちょ、ノックぐらいしろよ!!」

「あら意外と元気じゃん。さっすが十代、回復すンのが早い早い」


前に医務室で貰ったアイスノンがあったよなと小さな冷蔵庫をゴソゴソ探っているところへ、いつもと変わらず陽気なイタリア人が闖入してきた。
そのロッドの拍子抜けしたような表情に毒気を抜かれたリキッドは、とりあえず昨日助けに入ってくれたことと看病してくれたことに、素直に礼を述べる。

十分な睡眠によって頭の中身が整理されたのか、リキッドは自分でも驚くほど考えがまとまっていることに気付いた。


「ロッド、俺…」

「ストーップ。もしかして俺に言ったって意味無いんじゃないの?」

「ぁー…うん。そう、かも」

「…ま、なるようになるっしょ。それよかリッちゃん腹減ってない?」


減ってる、と言うより先にグゥと胃が鳴った。そう言えば昨日の昼から何も食べてない。


「一時間くらいしたらマーカー達と外に食いに行く予定なんだけど、リッちゃんも連れてこうかって話になってさ」

「ど、どういう風の吹き回しだよ?! って言うか俺、外食する金持ってねェし」

「出世払いにしといたげる。昨日からイライラしっぱなしの、四十路目前のこわーいオッサンと二人っきりになりたいってんなら、置いてくケド」

「……出世払いで」

「Bravo!じゃ、一時間後にブリッジ集合ね。それまでに目を何とかしときな、ウサギちゃん」


そう言って、出ていくついでに頭を撫でていく辺りはまるっきり子供扱い。
でも馬鹿にしてる訳じゃないその兄貴然とした手のひらの感触に、リキッドはくすぐったそうに首をすくめるだけだった。


「目、冷やそ…」


とりあえず外出するにはと先にラフな格好に着替える。
時間が来るまで冷やし続けた甲斐あってか、部屋を出る頃には目の腫れもすっかりひいていた。

エンジンが止まって静まり返った艦の廊下をひとり、ブリッジを目指して歩く。
だがその途中、どうしても通らねばならない食料庫の前で足が竦んだ。

昨日の今日だ、体はまだ恐怖を訴えていた。

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