本棚1―1

□参
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った、なんて絶対言わない


生きろ
身勝手な大人はそれだけ言った



――寒い


どうしようもない寒さに、リキッドは膝を抱えてしきりに体を揺すっていた。

【仕置き】と称してこの薄暗い食料庫に放り込まれてから、そろそろ二時間近くが経とうとしている。
15℃前後に保たれた空調は、奥に居るよりはマシだろうとドアのそばに座り込んでいたリキッドの体温をじわりじわりと奪い、体力と気力を削いでいく。

本当はもっと体を動かしたいのだが、如何せん制裁として与えられた傷が痛んで立ち上がるのもままならない。


「マーカーが手当てしてくれてなきゃ、もっと早くダウンしてたかもなァ…」


そう。ここに放り込まれる直前、あのマーカーが、本当に珍しいことに傷の手当てをしてくれたのだ。
包帯は防寒具の代わりにもなるだろうと存外丁寧に施される手当てに目を丸くしながらも、誰にやられた怪我だよ、と文句を言うことだけは忘れなかったが。

更に驚くべきことに、マーカーはこの【仕置き】を耐え抜く為のヒントまで言い残して去って行った。


『ドアの前で喚くなよ、坊や。最寄りの支部に着くまで精々大人しくしていることだ』


つまりは【ドアの前に居た方がいい】【本部に帰投ではなく、支部に寄る】の二点。
前者は既に実行している。そして後者は解放されるであろう迄の時間だ。

さっき居た地点から支部までは二時間弱。
つまり、もうすぐこの艦は支部に着く。


「あと少しだけ、耐えればいい」


体を動かして暖を取れない分、意識して思っていることを声に出す。
あと少しという証拠に、徐々に艦の高度が下がってきているのをエンジン音と気圧の変化で感じていたリキッドは、ギリ、と唇を噛んだ。

ここに閉じ込められている間、何度と無く目の前にちらついたのはハーレムの顔だ。

連れ去られ、否応なしにガンマ団特戦部隊の戦場に放り込まれてから三ヶ月。
そのたった三ヶ月で様々なことを文字通り叩き込まれてきたリキッドは最近、ハーレムから受ける制裁が酷くなりつつあることに気付いていた。


「何か、違うよな…。何か…」


命令に楯突いたり、失敗したり、逃げ出そうとしたり。そのたびに加えられる拷問めいた制裁だが、無理矢理に連れてこられたという前提さえ除けば一様に【罰を与える】としての理由が立つ。
方法こそ乱暴だが、素人に毛の生えた程度のリキッドに戦場で生きる術を叩き込む為のものであって、決して気紛れに制裁が加えられることはない。


「…まあ途中からふざけ出すのは勘弁して欲しいけど。でも何か引っ掛かる…」


今も制裁が加えられるのはリキッドに落ち度があった時のみ。それは一貫して変わってはいない。
ただ制裁の内容というか、加減具合が変わったように感じるのは気のせいではあるまい。

現に、先程ハーレムに殴り付けられて気絶してしまったのが良い例だ。
ジワジワと痛め付けながら説教をくれるのがいわば習いになっていたのに、すぐに気絶してしまったら意味が無い。


――と、その時。


揺れと共にエンジン音が緩やかになり、やがて止まった。着陸したのだ。


「よーやく着いた…。忘れられてなきゃいいケド…」


ともすれば笑いそうになる膝を叱咤して立ち上がると、ドアの向こうの気配を懸命に探る。座り込んでいるところなぞ見られようものなら、気を抜くなと叱り付けられるに決まっている、から。

隙を見て逃げ出したい、という気持ちも無くはない。

だがそれ以上にどこか、ハーレムを始めとする特戦部隊の面々に認めて貰いたいという気持ちもあった。

人を殺すことや人が生きる場所を壊すことを肯定する気は更々無いが、合衆国大統領の息子という立場に生まれついたリキッドは、【平和】というものがただそこにあるものではなく、守るものという事を知っていて。

知ってはいるが実際、どう守るかなんてことを理解して飲み込むには、リキッドはまだ若すぎた。

己の理想とどうにもならない現実との狭間で、せめて強くなろうと足掻き、しかし時には何もかもが厭になって逃げ出したりと、思春期特有の不安定な感情が軋みをあげる。

逃げ出したい。
認めて欲しい。


――感情が、まとまらない。


「俺がいつまで経ってもこんなだから、隊長イラついてンのかな…」


呟いた声は震えていた。
単なる寒さか、ハーレムに対する恐れか、定かではなかったが。


「…あ…」


足音が、する。

ドアの向こうから微かに響くその音に、安心と不安が一挙に押し寄せた。

ロックを解除する電子音と共に開いた、鉄の扉の向こうに居たのは――


「ハーレム、隊長…」



今一番会いたくて、会いたくなかった


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