本棚1―1
□相互依存
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(特戦期)
あ、やばい。
そう思った瞬間、遠くで聞こえた破裂音と左のこめかみ辺りを掠めていった熱。
反射的に振りかざした腕から電磁波の光が閃き、それきり辺りは漸く静かになった。
「い、てて…」
頭に手をやると、ぬるりとした感触が返ってくる。傷の様子がよく分からないので、とりあえず布で押さえながら帰途についた。
また、叱られる。
身震いして見上げた空は地上の血生臭さなどお構い無しに、晴れ渡っていた。
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「が…っ」
案の定戻って早々にハーレムに横っ面を殴られて、受け身も取れずにブリーフィングルームの床に強かに体を打ち付ける羽目になった。
「ちょー、リッちゃん怪我してんのに頭はマズいっしょ、隊長」
「うるせェ。オラ、立てリキッド」
頭の上から降ってくる無機質なまでに冷ややかな声とは裏腹に、ハーレムが相当激昂しているのがよく分かる。
それには、相応の理由があった。
だから俺も何も文句は言わずにのろのろと体を起こし、笑う膝を叱咤して再びハーレムの正面に立つ。
「油断は絶対にするな。そしてお前は左に対して注意が薄い。前にも、言ったな?」
「は、い…」
いわば、二重の失態。
周りに居たロッド達は最早何も言わず、一人、また一人とブリーフィングルームを後にしていった。
まだ手当てもしてない傷がズキズキと痛む。
顔の横を流れていく血が顎を伝って床に滴り落ち、暫くその微かな音だけを否応なしに聞いていた。
「…矛盾、してるよな」
「は…?」
漸く口を開いたハーレムの予想外の言葉に、思わず間抜けな声が出た。
「お前を戦場になんか出すんじゃなかった。ずっと手元に、手の届く所に閉じ込めておきてェ。…時々、そう思う」
「な…に、言ってンすか隊長…」
本当に、何を言い出すのか。
だけど目の前のハーレムが自嘲気味に笑うのを見て、俺の中で何かがぷっつりと切れた。
「閉じ込められるなんてそれこそ嫌だ。俺は、籠の鳥なんかじゃない」
「リキッド、」
「強くなるから。隊長の言うこともっとちゃんと聞いて、強くなるから。そうすればここへ帰ってこれる。隊長の言葉が、俺を、ここへ還してくれるんだ!だから、そんなこと言うなよォ…っ!」
一息でそこまで言ってしまうと、途端に目眩がして前のめりに体が傾ぐ。
貧血に加えて酸欠だ、当たり前か。
だが直ぐにハーレムの腕に抱き止められた。さっきはこの腕で殴り付けられたのに。
俺にとっちゃ、こっちの方が矛盾だ。
「…だったら、尚更言うこと聞けよお前」
「それ、は…。あの…ごめんなさい…」
思わぬ逆襲だった。
確かに、怪我をしたのはそもそも隊長に言われたことを守らなかったからで。
「火傷と裂傷。痕、残るかもしんねェな」
「いっ…たぁ!!ちょ、なにするんすか!!」
傷口にべろりと舌を這わされて、余りの痛みに飛び上がる。
「舐めて治す」
「治るかっ!!」
なに無茶苦茶言ってんのこの人?!
掠めただけとは言え銃創なんだぞ、舐めて治せるわけないだろ!
「嫌なら、怪我なんかして帰ってくんじゃねェよバァカ…」
「だから謝ってんじゃ、…って、隊長?」
肩口に、埋められた顔。
背に回された腕は、微かに震えていて。
少しためらったものの、その後ろ頭を撫でてやったら嫌々をするように小さく首を振った。まるで、子ども扱いするなとでも言いたげに。
それでも。
それでも撫で続けた。
後で殴られたっていい。でも今は、何故だかそうしないといけないような気がして。
とくとくと、心臓の音がする。
自分のものか、ハーレムのものか判らない程に溶け合った鼓動。
それが心地好くて、いつしかぼんやりとその音に耳を傾けていた。
「リキッド…?」
撫でる手が止まったことを訝しんだのだろう、ハーレムが顔を上げてこちらを覗き込んでいる。
「ねみぃ…」
「緊張が解けた途端におねむかよ、ガキ」
「うっせー…、ン、ぅ…?」
ボサッとしている間に、離れていった唇。
キスされたと認識する暇も無く抱え上げられて、ふわりと体が浮いた。
「たいちょ…」
「眠いなら寝てろ。医務室行くぞ」
寝てりゃ麻酔も要らないし好都合だと笑う声がひどく優しくて、ゆっくりと目を閉じた。
いつまでもこんな風に頼りきってちゃいけないのに、それでも差し伸べられた腕を取ってしまうのは、依存しているから?
だったら腕を差し伸べるハーレムも、依存、しているのだろうか。
こんな関係、何て言うんだっけ。
後でゆっくり思い出そう――…
相互依存
おやすみなさい、かなしくていとしいひと