本棚1―1

□やりすぎました
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(特戦期)


リキッドが熱を出した。

原因はもちろん分かりきっている。
と言うか、むしろ自分が最たる原因と言った方が正しいのだけれども。


なんせ昨日は、極寒のノルウェー沖で寒中水泳をさせたのだから。


今朝になって高熱に倒れたリキッドを、日が暮れた今もマーカー達が看病してやっている筈だ。
昼前に一度顔を見に行ったが、溜まっていた残務処理に追われてそれっきりになっていた。


「失礼します」


決裁の最後の一枚に目を通していたところに、マーカーがひょっこり顔を出した。
進み具合を見に来たのだろう。


「おう、どーだぁ?リキッドの様子は」

「決裁はお済みになりましたか」


くそ、足元見やがって。


「ほらよ、これで最後だ」

「結構。昨日サボって坊やで遊んだりしなければ、こんな面倒は無かったのですが」


決裁をチェックしながら冷やかに言い放つマーカーの言葉が、チクチクと刺さる。

気まずいのを誤魔化すように、新しく煙草に火を着けた。
既に灰皿には吸い殻が小山を作っていたので、マーカーが咎めるような視線を寄越したが、無視してゆっくりと紫煙を吐き出す。


「…肺炎に、なりかけています」

「さすがに調子に乗りすぎた、か…?」

「そうですね…」


いちいち食って掛かってくるリキッドの反応が楽しくて、つい、苛め過ぎた。

マーカーもそう考えているらしく、珍しく歯切れが悪い。多分、ロッドやGも同じだからこそ看病に余念が無いのだろう。


「様子、見てくらァ」

「坊やの部屋で吸わないでくださいね」

「分かってるっつの!」


そう吠えながら殆ど減っていない煙草を灰皿に押し付けて、自室を後にした。



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「リッちゃーん…?」

「しー、隊長静かに」


一応、そおっとドアを開けて声を掛けたのだが、枕元に座って居たロッドが慌てたように振り返った。


「…何だよ」

「今、やっとウトウトし始めたの。だから静かにね」


一旦出て、というロッドのジェスチャに従い廊下に出たが、そう説明されて納得した。


「Gは?」

「替えの氷水取りに行ってるんで、直ぐ戻ってくるデショ。大変だったんだよー、薬は吐いちゃうし水も受け付けないし」

「水もか」

「昨日かなり海の水飲んだもんねェ」


いや、それ多分関係無いだろ。
熱が高すぎて身体が受け付けないのか。


「…隊長?」

「G、おっかえりぃー。リッちゃんやっと寝そうだよん」

「…そうか。…隊長、後はお任せした方がよろしいですか?」


氷水が入った手桶を無言で受け取ると、ロッドもGもそれを肯定と取ったようだ。
何かあれば直ぐに伝える旨だけ重ね重ね言い残し、2人はブリーフィングルームへと戻って行った。

再びドアを開けると、ロッドがそうして行ったのだろう、部屋の照明が落とされて薄暗い。

手桶をサイドテーブルに置いてから枕元の椅子に腰掛け、改めて、厚い布団にくるまれたリキッドに視線を落とした。


「た…ぃ、ちょ…?」

「…眠ィんだろ、寝ろ」


薄暗くても分かるほど熱のせいで潤んだ瞳が揺れて、こちらを向いている。
布団からはみ出した腕に繋がる点滴の管が、痛々しかった。


「…よか…、た」

「何が」

「来て、くれ…た、から」


温くなってしまった頭に乗せられたタオルを氷水で絞りながら、やっぱり覚えていなかったかと苦笑する。

昼前に見に来たとき、リキッドは丁度急に熱が上がって可哀想なほどうなされていた。
覚えていないのも無理は無い。


「起きるまでついててやる。だから、寝ろ」


そう言いながら冷たいタオルを頭に乗せると、リキッドは微かに首を竦めた。
僅かな刺激も今は苦痛なのだろう。

少しためらったが、布団から出ていた手を軽く握ってやる。
驚くほど高い体温に加え、伝わってくる脈動がかなり速くて眉をひそめた。


「辛いか」

「…へぇき」


舌っ足らずな声で答えたリキッドが、弱々しく手を握り返してくる。
平気なわけ無いだろうに。

どこまでも強がりな子ども。
将来(さき)が、楽しみだ。


「なら早く治せ。したら蟹でも食いに行こうぜ、慰安旅行だ」

「ん…」


ゆるゆると瞼が閉じられていく。

暫くすると、小さな寝息を立て始めた。
穏やかな、とは言い難いが眠れるようならもう大丈夫だろう。


「…好きな奴ほど苛めたい、か…」


ごめんな。

そう小さく呟いて。
いつも以上に幼く見えるその寝顔を、飽きもせず、いつまでも眺めていた――…。


やりすぎました

(きみのえがおをみんながまってる)


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