本棚1―1
□お月見泥棒
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(PAPUWA期)
古来、日本では子供は月からの使者と考えられていたと言われている。
そのため、十五夜に飾られている月見のお供え物を、この日に限って盗む事が許されていた――。
「…隊長。アンタ歳いくつ?」
「47、だな」
「五十路に片足突っ込んどいてお月見泥棒が許されるとでも?」
「かてェこと言うなよ」
「アンタが言わせてンだよッ」
年中行事を冒涜するな!と憤慨するそばから、お供え物を盗ろうとしていたハーレムの手をピシャリと叩く。
「めっ!」
「痛っ、何だよケチ!」
「これは出掛けてるちみっ子たちにあげるんですから、盗っちゃダメですってば」
「けっ、分かったよ」
ハーレムはいつも、パプワやロタローが絡むと意外と潔く引き下がる。
何だかんだ言いつつ、根は優しいのだ。
それでも子供のように片頬を膨らませてちゃぶ台の横に座っているハーレムの前に、茶と一緒に取り分けておいた月見団子をちょこんと置いてやる。
するとハーレムは一瞬びっくりしたような顔をしたが、直ぐに拗ねたようにその顔を背けてしまった。
「たーいちょ。食べないンすか?」
「……………」
「じゃあ、俺が食っちまいますよ?」
「……………」
無視かよ!
余りに子供っぽい拗ねっぷりに笑いを堪えつつ、反対側から身を乗り出して団子に手を伸ばす。
「!!」
団子をひとつ摘まみ上げた瞬間、その手首をいきなり掴まれて飛び上がりそうになった。
身体がぶつかったちゃぶ台が大きな音をたて、奇跡的に倒れなかった湯飲みがカタカタと揺れる。
「それ、寄越せ」
「え、ちょ、うわ…ッ」
指ごと、かぶり付かれた――。
「たいちょ…っ」
「ン、うめェ」
ハーレムの口に含まれた指先が、段々と熱を帯びていく。
指先を舌で舐められ、歯が指の腹を掠めるたびに身体が小さく跳ねた。
「ぁ、や…ッ」
「…エロい声出すなよ、これっくらいで」
「っ、誰のせいだ、誰の!」
漸く解放されて、引っ込めた腕を庇うようにしながら喚き立てた。
恥ずかしいやら情けないやら。
ああもう、なんか涙出てきた。
「な、泣くこたねェだろ、オイ…」
「う、るせ…!この…ッ、この変態セクハラエロオヤジぃい!!!!」
「そこまで言うか?!」
宥めようとしたのか、近付いてきたハーレムから逃げるように後ずさる。
それよりも早く泣き止まないと。
お月見泥棒に繰り出しているちみっ子たちが、帰ってきてしまう。
「ぅー…っ」
「…リキッド」
大きな手のひらで頭を撫でられ、目を擦りながら顔を上げたら、心底困ったような表情のハーレムがそこに居た。
泣かれて困るくらいなら、初めからあんな事しなけりゃいいのに。
「悪かったよ…。――ほら、来い」
広げられたハーレムの腕。
そこに、結局は飛び込んでしまうのだ。
背中を撫でられ、次第に涙も引いていく。
ハーレムの行動一つに泣かされたり、泣き止んだり。
――まるで海の水が、月の満ち欠けに左右されてるみたいだと思った。
「――…落ち着いたか?」
「…ん」
「俯いてねェで、顔見せろ。ホラ」
ひょいと顎を掬われて、上向かされる。
その拍子に、まだ零れずに溜まっていた涙がパラパラと頬を伝って落ちた。
「ここだけ雨月になっちまったなァ」
「ちょ、何してンすか…!」
頬に残っていた涙の滴を指で拭ってくれていたハーレムだったが、何を思ったのか、その水滴がついた指先を自らの口に含んだのだ。
「しょっぺェ」
「当たり前でしょ…」
「さっき指先は甘かったからなァ。こっちも甘いかと思った」
「…セクハラオヤジ」
「まだ言うか、コイツ」
「ふがっ」
鼻を摘まれて変な声が出た。
まったく、このオッサンはいちいちやることが子供っぽい。
そこがまた、憎めないところでもあるんだけれども。
「チビ共が帰ってきたらよォ、ちょっと時間貰って月見がてら散歩でもすっか」
「…くれぐれも散歩だけでお願いします」
「分かった分かった、今日はもう何もしねェよ。そう何度も泣かれちゃ敵わん」
「散歩以外何も、しません?」
「おう」
「絶対ですからね」
「しつけー…ッンぅ!?」
こっちから抱き着いて、キスしてやった。
目を丸くしてる隊長、ざまみろ。
――そこをちみっ子たちに目撃され「教育に悪い!」と叱られたのは、また別のお話。
お月見泥棒
「そォだ、月餅食うか?」
「月餅?欲しいっす!」
「マーカーが、お前に盗りに来いとよ」
「…盗れねェ」